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2011年9月

2011年9月30日 (金)

“『うそつきパラドクス 7巻』読了。”

うそつきパラドクス 7 (ジェッツコミックス) (7巻)』を読みました。

前巻の続きの丸悦さんとの恋人ごっこ,代用品としての丸悦さんはあっさりと幕を閉じ。
焦る大桑に、諦めずに攻める八日堂、という巻。


…相変わらず、“自分”が無いなぁ 栖佑さん…。
そして猪狩はよく栖佑さんのコトを分かってらっしゃる…。

大桑への好意は本当なのか、結局ただ安心させたいだけで一緒にいるのか。大学3年から察していたというのに。
で、八日堂のコトを好きになってしまっていたのは本心だと思うけど、それは大桑が猪狩と関係を持っていたからどこかで大桑のコトを見限っていたからこそ、純粋に好意を示してくれる八日堂を好きになってしまってたのか…。

自分を悪くするコトで、どっちとの関係も無かったことにしてしまうだなんて、
「はいはい、私が悪いんですー。」
なーんて感じで、考えようによってはイヤミにしかならないんじゃない?

結局、栖佑さん自身が、自分の気持ちにハッキリしていない。
自分自身に対して、実に不誠実な感じがするよね。

親友である猪狩と関係を持っていたのなら、大桑を見限ったままにしておけば良かったのに、何故許したんだろう。
大桑という恋人がいるのに、八日堂を好きになり、ゴハンまで作ってあげたりなど世話を焼いたりして。浮気してるうしろめたさがあるなら、容易に八日堂に優しさなんて与えるべきじゃないのに。大桑の浮気が許せないなら、けれど、自分まで浮気が本気になるくらいなら、八日堂とは体の関係くらいにしておいて、大桑を揺さぶれば良かったんじゃないの?
(この考えもヒドいか。w)


会社で行為に及ぼうとしてる中、電話が鳴るのを無視した展開は、前の展開に戻ったんじゃないか とさえ思ってしまいましたが。(笑)


最後の、猪狩からの入れ知恵を受けて、八日堂に対してすら栖佑さんが突っ張ってるのをネタ晴らしする大桑は面白かった。

「共有する」



なにそれ、面白い。(←

両方好き。どちらかを切り捨てられない。悪いのは私。(栖佑)

いいや、お前は悪くない。両方好きなんでしょう?
じゃあこのままでいいじゃないか☆(nice idea 大桑☆)

“『両方に誠実になろうとして泥沼にはまってる』(by 猪狩)” P.217

3人そろって泥沼へ…?

うそつきパラドクス 7 (ジェッツコミックス) Book うそつきパラドクス 7 (ジェッツコミックス)

著者:サトウナンキ,きづきあきら
販売元:白泉社
発売日:2011/09/29
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2011年9月29日 (木)

“『FILE160:「笑うイグノーベル賞SP 衝撃映像EXPO編」』を見た。”

2011.09.22.O.A.
爆問学問 FILE160:「笑うイグノーベル賞SP 衝撃映像EXPO編」を見ました。
月曜夜中のO.A.は無く。録画しておいたものを見ました。

ゲストは、
伊集院光(いじゅういんひかる) (『“爆問学問”学』の権威?)
(FILE100 : 「100回スペシャル!『爆問学問』学」以来の出演。)
渡辺茂(わたなべしげる) 慶應義塾大学文学部人間関係学系教授。
(FILE085 : 「ハトはピカソがお好き?」以来の出演。)
井上喜久子(いのうえきくこ) 声優、ナレーター。 (今回は教師役)


以下、HPより番組内容をコピペ。↓


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

太田:「でもさ、おそらくこれ「くだらない研究だな」っていうところから、でも本当の研究もそうじゃん。例えばメンデルのエンドウ豆のやつだってさ、あんな当時は多分、「バカなこと調べているなあ」だったはずなんだよ。このシワのある豆とシワのない豆が、これどういう関係でこう現れるんだろうなんていうのはさ、誰もそんなこと、エンドウマメで気にしちゃいないよっていう。メンデルって教会の牧師か何かなんだよね。ただの興味でやっていたの、この発生率みたいなことを。そうするとそこに「あれ?法則があるぞ」っていうことから、もう大発見につながるわけじゃない。「ばかだよ、あいつあんなこと調べて」っていうところだったはずなんだよね。」

渡辺:「メンデルのも発表した当時は全然誰も気にしなくて、再発見なんですね死んだ後にね。だから非常に先駆的な仕事っていうのは、その時は分からないって結構あるんですね。あとで再発見されて非常に有名になった。」

伊集院:「今だったら、そういういろんなことが遺伝上に起こるのは遺伝子のせいだ、当たり前だよってみんな言うから、何年後かに「センサーは鳩使うに決まってるだろ」って言う可能性はありますよね。「え?鳩使ってないやつなんかあるの?」っていう(笑)」


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


えー、大切なことなんでしょうけど、非常にどーでもいー感があって笑えるものもあったりで。(笑)

クマに対抗するスーツも、もはやクマを超えていて、そしてオチはそれを作るために破産して差し押さえられてる ってコトとかね。


正常位でのセックスのスキャン画像とか、キッカケが…。w
で、その動画をフツーに放送せずに、見てる様子として流すとかNHKマジかっけー。 (←


興味があったのは、好きなもの、嫌いなものの 否定や、類似点について。
黒板をひっかく音とかね。
結果的にチンパンジーに話は繋がったけど、なんであーゆー音を嫌うのかという共通の感情(?)についてはよくわからないというか。

脱線した話にもあった、太田さんと田中さん、そして井上喜久子さんの好きなフルーツの順位についての話とかで。
太田:「桃が好きならメロンが2位はありえない!」とか、
井上:「メロンは4位です。1位は柿です。」
田中:「柿は最下位だよ!」

とかってくだりが面白かったです。

太田さんが味覚の好き嫌いについて話してたように、気になるのは、

何故 好き が、好きなのか。
何故 嫌い が、嫌いなのか。


が、
私が個人的にも興味深いところです。

好きが共通する一方で、『“そう”でないものはあり得ない』っていうものもあったり。


これらの研究をされてる方は、興味が先行して楽しそうにされてるから良いですよね。
それが報われる報われないはともかく。

樹脂のヤツで10年近く待つとか フツー耐えられないですもの。(笑)

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2011年9月28日 (水)

“『オーロラチキン』を食べた。(あと、『チーズ月見バーガー』も。)”

“『オーロラチキン』を食べた。(あと、『チーズ月見バーガー』も。)”
オーロラチキン。↓

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

マクドナルド自慢のチキンパティをレタスと一緒に香ばしいバンズでサンドした一品☆衣はクリスピーでありながら中はしっとり柔らかい贅沢な一枚肉を使用したチキンパティのおいしさを、シンプルなオーロラソースがアクセントとなって際立たせています!クリスピーなチキンパティとシャキシャキのレタスの食感が食欲をそそる、マクドナルドの新たなチキンメニュー☆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

だそうで。

少し前に某・掲示板で、マックの新商品が150円という安さであるコトでスレが伸びてたので。(笑)

チキン系はこれまでも、最近新商品みたいな感じでずっと出てましたが、どれも200円こえてましたからね。

で、この時期いつもの、『月見バーガー』も食べましたよ。

さすがに普段あんまり食べない私が、ハンバーガー2個は ちょっと厳しかったですが。(苦笑)

ところで25日に買ったんですが、ハンバーガー無料券も。
期限来週までなので、忘れないで行かなな。

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2011年9月27日 (火)

“『放浪息子 12巻』読了。”

放浪息子 12 (ビームコミックス) (12巻)』を読みました。

季節があっという間に流れるる。。。
3年の文化祭から、高校入学して。まで。

11巻が発売してからの間に、アニメがあったので内容を復習しつつ。

…そういえば前巻のレビューでにとりんがファッションショーで女装するかどうかで、男装かもと書いたけど、結果的に高槻くんとのダブル女装でしたね。
にとりんの肝の据わり具合と、高槻くんの“女装”が、始めはからかわれていた2人の関係だったにも関わらず、思わずその場の空気をせいするような雰囲気になるというのは、成長ですよね。


そして進学に際して まさかのにとりん志望校不合格。
やさぐれて髪を赤くするとか、なにその覚悟。うらやましい!(←ぇ


千葉さんが高校に行って…ってゆーか どんどん丸くなっていってらしくない。(失礼)
…逆に、かつてのように爆発して余計なこと言うか不安な側面もあるのですが。(笑)

(どうでもいいけど、千葉さんや、(男だと思われた)高槻くんに惚れた2人のクラスメイトのエピソードの 実にどうでも良さに噴いた。w)


にとりんの高校は男子校で、まして体力づくりまでして。
けど女装はしっかりと。なによりフツーに女の子として面接に行っているコトの行動力のほうがすごいわ。
結果的に喫茶店で“ウェイトレス”をするコトになってるけど、これ声どうなってるんでしょうね。声変わりしてるハズだけど。
それに部活で体もつくってるから、どんどん武骨になっていくんだろうか。




まさか本編が高校にまで進むとは思わなかったです。
ほんとうにどこまでゆくのだろうか。
あと、中学のこれまでの面々は。更科ちーちゃんとか。中学時代なにかと被ってきた(←ぉ )佐々ちゃんとか。これからも高槻くんとかとエピソードが絡んでいくのか、それとも…。

あんなちゃんは変わらずかわいい。ときに にとりんに翻弄されてるのが。(笑)
P.109~110のあんなちゃんの思ってるコトが複雑ではあるけど、にとりんのコトを(人間的にも?)大切に想ってることでもあるのかな。




イシデ電先生の巻末の漫画が…。(笑)
これ楽屋ネタ的な感じではあるんだけどね…。w
“しむら”以外が入ってるのがなんとも。(バナ●マン…。)

放浪息子 12 (ビームコミックス) Book 放浪息子 12 (ビームコミックス)

著者:志村貴子
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2011年9月26日 (月)

“『SERVANT×SERVICE 1巻』読了。”

サーバント×サービス(1) (ヤングガンガンコミックス) (1巻)』を読みました。

や、ぶっちゃけ出てるの知らなくて、『WORKING!! 10巻』買いにアニメイト行った時に同じトコに平積みされてたので、それで買いました。

“『WORKING!!』の高津カリノが描く、もう一つのWORK(お仕事)4コマ★”(帯より) とゆーコトで、たしかに仕事(の知識)に積極的な人がいたりするので(意図は違えどw)まぁ仕事は軸になってるのかしら…。


内容も知らないから、まぁ、アレだったんですけど、カバー裏のステキな漫画読んで、あぁ、ちゃんと読もう と。

山神さんマジかわいいですね。
ってゆーか、マジメ系なのに若干天然混じりで(若干ってゆーか…抜けてるよね。w)、
本名も結局なんなの?

山神 ルーシー喜美子明江愛里史織倫弥由保知帆子彩乃(以下略)

(゚д゚)

サーバント×サービスのWikipediaに分かってる限りのルーシーの名前がちゃんとあった…)

主要キャラとしては長谷部がー。あー。
これ、もぉ完全にモテる人だよねー。
要領良くて、知識あって。サボるけど仕事はちゃんと出来るんだもの。
それでいて女の子には積極的で。

そして本命の子(ルーシー)にはちゃんと告白するけど 肩透かし! ってゆーのもお約束だよねー。
つかメルアド集めて『非常食的な…』(P.74)ってセ●レか、それ!w


本編中のニヤニヤ担当は一宮妹の塔子。
非常に真っ直ぐのブラコンツンデレ☆
ダメな兄に、しっかりもの(すぎる)妹。
P.102とか良いねぇ、罵倒しっ放しで兄を大絶賛☆

…っかし、怒りマークがホント泣きボクロみたいやなー。


キャラクターの個性のベクトルが『WORKING!!』とはちょっと違ってて また別で楽しめる作品ですわ。

あぁしかし山神さんの胸がホント素晴らしい。何カップだ。
千早さんや長谷部のセクハラとか真に受けすぎで危険すぎる。けしからん。(by モモちゃん)
胸がってゆーか、体全体的の肉付きが良いんでしょーな。
こういうのは過度に露出の高いローズブラックなコスプレなんかよりも着ぇ(ry

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著者:高津 カリノ
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2011年9月25日 (日)

“『WORKING! ! 10巻』読了。”

WORKING! ! (10) (ヤングガンガンコミックス) (10巻)』を読みました。

表紙は伊波さんで前巻からの続きだとゆーのに、なんという山田巻!


伊波さんと小鳥遊くんの関係については小鳥遊くんのほうが自分の気持ちに気付いてしまって、ちょっと前の伊波さんみたいな状態に。

好きだよね。 ヘアピンが!!


佐藤さんと八千代さんに関してはとうとう店長が介入!
きょーこさん現役のヤンキーではもぉ無いとゆーのに釘バットは無いでしょう…時代的にも…w
P.31で内側からもドアが開くのに っていうところは佐藤さんの表情を思い浮かべるとニヤニヤがもぉ…ね。



本編後半は山田回。
なずなが店に来た時に山田のことを言った「かわいいよ」っていうのがすげぇ。w
いいなぁ、私もなずなちゃんみたいに、 ちょっと困った人「(人間性が)ちっちゃくてかわいいね☆」と思えるようになりたいなぁ☆(←大丈夫か?w)

やー、しかし、この山田のめんどくささを全員が全て許容してツッコミしてるのが素晴らしいな。きょーこさんも音尾さんもそれぞれが、大人の対応☆ してるなー。

で、そんな山田の正体がとうとう明らかに。そして桐生ともとうとう会ってしまうことに。
ここは若干シリアス展開で、しかもいいとこでまた次巻に続く となってしまうとわ。。。

しかしドロドログログロが大好きな相馬さんは、もし山田の事情知ってたなら尚、むしろ桐生に会わせることによって、さらなるドロドログログロを愉しめたんじゃないのかな。
それをしないで山田をかばって(?)今まで会わせないようにしていた相馬さんの本意も不明だし。



番外編おまけページの魔法少女ぽぷらは、どうせならホントに魔法少女コスしてほしかった…。
ちっちゃいぽぷらが魔法少女の格好をして戦えば魔王タカナシは…すぐ陥落するんじゃ…。


番外編青春の話は、なにより伊波さんの赤ちゃんコス…!
なにこれ高津先生どこまでマニアックなの…。てゆーかこれカラーで再録してほしかった…!!
きっと伊波さんの想像通り、小鳥遊くん大喜びDA ZE☆


あとがきページのイラストカットは何故に山田フォーエバーみたいになってんだろう…。


そして再来週からはついにアニメ第2期が!
そうか桐生も出るんだよな…。それはウザいな…。

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著者:高津 カリノ
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2011年9月24日 (土)

“『超級! 機動武闘伝Gガンダム 6巻』読了。”

超級! 機動武闘伝Gガンダム (6) (角川コミックス・エース 16-13) (6巻)』を読みました。

ネオイングランドと、ネオエジプト編。


今回はどちらもマジメな展開というか、非常に業を抱えた戦いが収録されてましたね。
どちらも。

3度もガンダムファイトに出て優勝したチャップマン。
今 現在に生きていても、今を大切に生きていたとしても、過去への執着が今を駆り立てるから、
結局わかっていても、今に生きることが出来なかったという結末。


そしてダハールの執念。
こちらも同様に、過去に生かされているというもので。
しかしこちらの場合は本人の意思というのでなく、それがキョウジによって利用されているもの。
…だけど、意思を利用されてる時点で、ダハールの弱さが露呈してる っていうことなんですかねぇ。
だからこそ、ドモンが再生不可なほどに打ち負かしたという。キョウジへの怒りなのか、ダハールのためか。

今巻はコンセプトが統一されていましたし、熱かったですわ。

超級! 機動武闘伝Gガンダム (6) (角川コミックス・エース 16-13) Book 超級! 機動武闘伝Gガンダム (6) (角川コミックス・エース 16-13)

著者:島本 和彦
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2011/09/22
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2011年9月23日 (金)

“【100分de名著 ブッダ 真理のことば】 : 『第2回 うらみから離れる』を見た。”

100分de名著 ブッダ真理のことば 
第2回『うらみから離れる』を見ました。


MC 堀尾 正明
アシスタント 瀧口 友里奈

講師 佐々木 閑


以下、テキスト化↓


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


“なぜ「うらみ」を抱くのか”

佐々木:「前回は、私たちの苦しみには大きく2種類ある と話をしました。 一つは例えば、年をとる あるいは病気になる などの、避け難い大きな苦しみで。前回はその話をしたんですが、今回はもう一つの苦しみ、それは 私たちの心が作り出す・私たち自身の人工的な苦しみ というようなものを 色々考えていきたいと思っています。
    で、その一つのとっかかりとしまして 代表的な人間の苦しみを生み出すもと、それが『うらみ』ですね。その『うらみ』について色々考えていきたいと思います。」


ブッダのお弟子さんがつくったといわれる 物語から紹介。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

●ブッダの親族である、シャカ族と、コーリヤ族が互いを滅ぼしかねないほどの激しい争いをしていました。そこへブッダが現われ尋ねます。
ブッダ:「これはなんの争いですか?」
将軍も副将軍も答えられませんでした。ようやく奴隷に問いただして、初めて水の利権の争いだとわかったのです。

ブッダ:「大王よ、水にどれほどの価値があるか」
大王:「わずかです」
ブッダ:「部族にどれほどの価値があるか」
大王:「はかりしれません」
ブッダ:「わずかな水のために はかりしれない部族を滅ぼすことは ふさわしくありません」

この言葉を聞き、シャカ族とコーリヤ族の争いは鎮まっていったのです。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

瀧口:「友達とのケンカでも『なんでケンカしたんだっけ』っていうようなケンカもよくありますね。」
佐々木:「小さな原因であったのに、それが次第に増幅されていって 最後には何のために戦っているのかも分からなくなってしまう。そういうことありますね。  これこそ 我々が自分自身で生み出す苦しみの代表的な例ですね。
    で、今のこの話は ブッダ真理のことば の197番の詩なんですね。それについて説明しましょう。」


“うらみを抱く人たちの中で
 私はうらみを抱くことなく
 安楽に生きよう
 うらみを抱く人たちの中で
 うらみを抱くことなく
 暮らしていこう”
     真理のことば 一九七

佐々木:「これは仏教の教え ブッダの教えに従って生きていこう。そういう強い決意を表しています。『うらみを抱く人たち』というのは 一体誰か。 何か特定の悪い人なのか そうでは無くて、私たちは人間として生まれれば 全員 心の中に煩悩を持っています。うらみもあれば欲望もある。 つまりこれ(『うらみを抱く人たち』)は 普通の人たちの中で暮らす ということです。しかしその中で 『私はうらみを抱くことなく』これはつまり自分で決意して、そういう気持ちを起こさないようにして生きていこう というわけで それはとても強い決意を表しています。」

佐々木:「じゃあその結果 何が起こるのかというと、『安楽に生きよう』。  つまり自分の心の煩悩を消すことで、苦が消滅していくわけです。ですから本当の安楽 本当の幸せというものを求める、これが 私の道だ ということを説いてるわけなんですね。」

堀尾:「うーん… ただ仰るとおりですけど、たとえばパンを食べてて、誰かにパンを取られたら あ゛ーーっ!! ってその 取ったヤツに 『なんで、オレお腹空いてるのに』とうらみ持ちますよね。」
佐々木:「そうですね。」
堀尾:「だから うらみを抱かないで安楽に生きる って 相当難しいことなんですよね」

佐々木:「その場合、一番の原因は、『パンが自分のものだ』と思ってることですね。」
堀尾:「だって 食べてたんだもん。今。」

佐々木:「そのパンを たとえば 誰かが下さったパンで、たまたまそれを私は手に入れて食べているだけだ。 と思うのと、これは私が稼いだ金で買ったパンだから誰にも渡さない 私だけの物だと 思ってるのでは、全然そのときの気持ちが違ってきますね。 ですからそういった うらみを起こさない 煩悩を起こさないような状況に、自分の環境を整えていく ということも 仏教が考える大切な一つのポイントなんですね。



佐々木:「それでこの うらみを捨てる ということですが、えーまぁ、これはずいぶん昔の教えですけども、この教えに基づいた 有名な出来事があったんです。1951年のサンフランシスコ講和会議 はご存知ですか?」

堀尾:「はい。」
瀧口:「第2次世界大戦のあとに、日本が連合各国と平和条約を結んだ という―――…」

佐々木:「そうですね。そのときに この 真理のことばを用いた、とても重要な演説が行われたんです。それをちょっとご紹介します。」


……――――1951年 サンフランシスコ講和会議――――………

日本と世界の国々の間で平和条約を結ぶために行われた サンフランシスコ講和会議。領土や賠償に関して 日本に厳しい条件を提示する少なくありませんでした。 こうした中、セイロン(現在のスリランカ)の代表として出席した、ジャヤワルデネは印象的な演説をします。
ジャヤワルデネは戦争中に受けた、日本軍による空襲などの被害を指摘した上で、こう語りました。

「わが国は 日本に対して賠償を求めようとは思いません。なぜなら我々は ブッダの言葉を信じているからです。」

“憎しみは憎しみによっては止まず ただ愛によってのみ止む”

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

佐々木:「今のこの演説の言葉は この真理のことばの5番目の詩なんですね。」

“この世では
 うらみがうらみによって
 鎮まるということは
 絶対にあり得ない
 うらみは、うらみを
 捨てることによって鎮まる
 これは永遠の真理である”
     真理のことば 五

堀尾:「一個人ではなくて、国の代表者が こういうことを世界に向かって堂々とアピールできるってのは 器が大きいですよねぇ」

佐々木:「ここで言います この うらみが鎮まる っていうのは、いわゆる日本で言うところの『全部 水に流してチャラにする』というような意味とは全然違うんですね。   物事の対立に際しては 勿論その責任の所在も明らかにしなければならないし、謝罪すべきことは謝罪する。反省することは反省する。 そういったすべての手続きがキチンと終わった上で、さらに自分のこの 心の勝手な思いとして相手を憎むということはやめましょう と。
    それをすると いつまで経ってもお互いのうらみというのが 消えることが…あるいはそれが増幅していって、また次の争いを生み出す。そういうことを言ってるわけなんですね。」

堀尾:「ま、しかし、個人、人間同士ならわからないことでも無いんですけども、やっぱり国同士でいくとね、今も全く戦争が止まない地域もたくさんあるじゃないですか。 やっぱり うらみがうらみを呼んで、次々と争いが起こっていく というケースがありますよね。」

佐々木:「ですからこの うらみというものは、勿論 煩悩の一つなんですけども、煩悩というものが もともと人間の心に最初からあるものなんですね。
    これは 消せない。
    なにもしなければ そのまま我々は煩悩のままに色々なトラブルを起こし、苦しみを生み出していくんですね。 ブッダという人は この煩悩を消すために 一生懸命努力をしたわけです。で、煩悩とはいったいどんなものなのか。煩悩の正体は何だ ということを じっと自分の心を見詰めることで 見定めていったわけです。
    その結果 表われてきたのが、この うらみも勿論 煩悩の一つなんです。執着もそうです。傲慢もそうです。    しかし、そのおおもとに実は 親分のような おおもとの煩悩があるということに気がつくわけなんですね。」

堀尾:「なんですかそれは」
佐々木:「それは無明(むみょう)というものです。無明。」


【無明とは?】

“たとえば
 物惜しみは恵む者の汚れ
 悪行は 過去・現在・未来の
 いかなる生まれにおいても
 汚れである

 その汚れよりも
 一層汚れた汚れの極み
 それが無明だ
 比丘(びく)たちよ
 その無明という
 汚れを捨て去って
 汚れのない者となれ”
     真理のことば 二四二-二四三


佐々木:「もうひたすら 無明を消さねばならん ことを主張してるわけですね。
    『物惜しみは恵む者の汚れ』←これはちょっと日本ではわかりにくいんですが、インドという国を想定するとよくわかります。インドでは 良い行いの代表が 人にものをあげるクセなんです。 ですから『恵む者』というのはインド人にとってはよいことをする 当たり前のこと。 ところがそれを、物惜しみの心でしない ということは 悪いことであると。この”汚れ”というのは心の煩悩です。 物惜しみも煩悩であると言ってるんです。で、そのほかにも色々な事柄がいっぱいあるけども、それは全部、心の煩悩だ。
    しかし、その色々な煩悩の中の極みですね。これ以上ない、最大の煩悩―――。」

瀧口:「汚れの極み って言ってますから。」
堀尾:「諸悪の根源 って」
佐々木:「それが無明だ」

堀尾:「無明って なんですか これ」

佐々木:「この“明(みょう)”という字。これは智慧という意味です。智慧とはなにかというと、これは前回も申し上げましたが、この世のありさまを正しく見ていく力です。 で、それが無い ということは、この世のありさまを正しく見ることができない 愚かさ ということです。だから無明は 愚かさの別名なんですね。」

堀尾:「無明ねぇ~…先生もうちょっと分かりやすく説明していただけると……」

佐々木:「たとえばですね、一般的な友達の人間関係を考えた場合ですね、まぁ 友達付き合いをしてるのに なにか ちょっとした 些細なことでケンカをしてしまう。些細なことだから、本来ならば些細なことで仲直りができるハズです。  ところがその些細なことでケンカしたときに、私たちは勝手に色んなことを考えてしまう。『彼は本当は昔から自分のことが嫌いだったんじゃないだろうか』とか、あるいは、『私のことよりも あっちの人の方が好きになって、私との縁を切ろうとしてるんじゃないか』そのようなことをどんどん考えるわけです。
    そうなってくると、相手のそのちょっとした仕草や、意味も無い事柄までが まるで自分に対する敵対行為のように見えてくる。そして最終的には『あいつは私の敵だ!』というような憎しみにつながっていく。これは無明です。」

瀧口:「疑心暗鬼の状態になってしまうんですね」
佐々木:「そうですね。本来 全くなんでもないような状態であるのに、それを勝手に自分が捻じ曲げて考えて、そしてそこから心の色んな葛藤を生み出して、それが全部苦しみに繋がっていく。まさに自分自身がつくっている 人工的な不幸。無明というのはそういう不幸 苦しみの一番おおもとになるわけです。」


“無明とは自分勝手に解釈して 正しく見ることができないこと”


《ナレーション》
さらに真理の言葉には 無明を解決する手がかりについて書かれている詩があります。


“愚かな者が
 自分を愚かであると自覚するなら
 彼はそのことによって賢者となる

 愚かな者が
 自分を賢いと考えるなら
 そういう者こそが
 愚か者と言われる”
     真理のことば 六三


佐々木:「これは特に無明をテーマに語った言葉です。 つまり 私たちは生まれつきみな煩悩を持っています。悪い人だけが煩悩を持っているんじゃなくて、生き物として生まれた人間は全て煩悩を持ってるわけなんです。で、勿論 無明もあります。 従って 本質的に我々はものを考えるときに愚かな考え方をします。」

堀尾:「なるほど そう言えるわけですね。」
佐々木:「しかし私たちの中に無明があると気がついたときに 初めて人はその愚かさから抜け出すことができる。しかし自覚できない人は、自分の考えが正しいと思いますから、自分は賢者だと思う、ですから、『愚かな者が自分が賢いと考えるなら そういう者こそが 愚か者と言われる』そんなふうに言われますね。」



“「愚かさ」に気がつくことが大事”


《ナレーション》
人間は生まれつき煩悩を持っているとブッダは考えました。ではブッダ自身はどのようにして自分の煩悩を消し去っていったのでしょうか。


瀧口:「ブッダっていうと すごく特別な人物っていう感じがするんですけど。」
佐々木:「今の私たちから見ると ブッダというのは 完全・完璧な人間ですから。もう することなすこと全て正しい というふうに思いますが、やはりブッダは 歴史的な人間。我々と同じ人物です。そして悩み、苦しみ、間違って、その最後の結果として悟りを開いたということです。
    むしろ、ブッダがこうやって間違いを犯しながら 最終的に本当の道を獲得したという道筋は 私はとても素晴らしいと思います。」

堀尾:「我々にも通じる道筋でもあるわけですね。」


《ナレーション》
もともと釈迦族の王子ゴータマ・シッダールタだったブッダ。ブッダはどのようにして悟りをひらいたのでしょうか。それは修行の過程で ある間違いに気がついたことがキッカケでした。
インドの北部にある 前正覚山(ぜんしょうかくさん)。出家したあと、シッダールタはこの山で6年間 断食をはじめ さまざまな苦行を行ったといわれています。腹の皮は背中に接するほどにまでなり、ときには生死の境を彷徨うこともあったといいます。しかし煩悩は消えませんでした。どんなに過酷な苦行をしても、悟りを得ることはできない。まちがいに気付いたシッダールタは 苦行を放棄し山を下ります。 (セーナー村)衰弱していたシッダールタは村娘スジャータから乳粥を受け、健康を取り戻します。
その後 菩提樹の下で苦行から瞑想の修行に切り替え、悟りをひらき 目覚めた人・ブッダとなったのです。



瀧口:「苦行だと、悟りは得られないんですね。」
堀尾:「なんかねぇ、出家して 断食など自分の肉体を いじめていじめていじめぬいて、初めて何か真理がわかる みたいな そういうイメージあったじゃないですか。」
佐々木:「そうですね。」
堀尾:「苦行こそ心理を見抜くワザだっていうふうに思ってましたけど、違うんですか」

佐々木:「ブッダも最初はそう思ったわけですね。で、その、辛い思いを一生懸命耐えながら、じっとその我慢する。そのパワーが、自分の心の煩悩を消すという方向に向かうだろうと思って。そして何年も、さきほどの苦行像のような、ガリガリの姿で 苦行を続けたんですが、何も起こらなかったんですね。
    つまり体を痛めつければ忍耐力はつくのですが、煩悩は消えない。もし 煩悩を消そうと思うのならば、『煩悩を消さねばならない』という心の集中力を常に持続して 心の中に努力の方向を向けなければいけない。――ということに気がついたわけです。  伝説によりますと、このときブッダは苦行してるときに何人かの仲間と一緒に修行していたんだそうですが、ところがブッダはそれが意味のないことだと。無駄だと気がついて すぐに方向転換をして そして先ほどのように乳粥を食べて、言ってみれば 健康体になって、普通の体になってから修行をはじめた。それを見た残った仲間は、『あいつは堕落した。落伍した人間だ』といって、すごくバカにしたというんです。」

堀尾:「そう見えますもんね。」

佐々木:「そうです。しかしそう言われても正しい道はこれだと決めたら どんどん新しい方向へ向かっていく。これがブッダの進んだ道。非常に合理的なんです。」

【「うらみ」から離れるには?】

堀尾:「今日は『うらみ』からどう離れるか というのが一つのテーマなんですけども、日常的にやっぱりこう 小さなうらみから大きなうらみまで こうなんとなく 人に何か怨念を持ちながら生きるって どうしてもやめられない ってのありますよね。」
佐々木:「そうですね」
堀尾:「サラリーマンだったら 異動があって、何でオレがあそこのポストに行かなければいけない とか、色んなことを思って『アイツがオレを告げ口したんだ』とかね、『あの上司がオレを恨んでんじゃないか』とか、色んなこと思うじゃないですか。」

瀧口:「妄想がどんどん広がって――…」
堀尾:「そうそう。そういうカタマリになってしまうこと ありますよね。」

佐々木:「それは大変つらいことですよね。そのときに そのポストにつくことが、本当に私にとっての幸せなのかどうかという 一番おおもとのところから考えるべきですね。ほかの道は無いだろうか、つまりポストについてだんだん上に上がっていくことを最初から自分の幸せの道だと設定しているから それが苦しみになるのであって。」

堀尾:「出世街道から外れてしまった とか。」

佐々木:「外れるなんていうこと考えると またそれも苦しみになりますね。ですから それとはまた別の自分の生きがい、生きる道、そういうものを探していくということも大切なことですね。
    これはもう ブッダの教えは一歩一歩なんですね。何か特別なことで 一挙に消えることはありませんから 毎日少しずつです。 まさにいつもそれを念じて、“正念”ですね。念頭に置きながら、毎日毎日少しずつ 自分の心をトレーニングしていく ということが可能ですから。そういう中で ブッダが説いた、理想の境地へ少しずつ近づいていく。それがたとえ完成しなくても 毎日少しずつ よくなっていく という思いは私たちにとってはとても励みになりますね。
    そういう思いを持って暮らせば、現代の日常生活の中でも ブッダの教えは十分生かされていくと思いますよ。」

堀尾:「自分が中心だっていうことを 捨てる っていうことが すごい重要なわけですね」
佐々木:「それがなによりですね。」
瀧口:「なかなか難しいですけどね。」
佐々木:「難しいですよ それは。」

瀧口:「ちょっとクールダウンして、一歩引いて、自分を俯瞰で見詰めるっていう」
佐々木:「客観的にものを見る っていう これは訓練がとても大切だと思います。放っておいてできるものじゃないので。やはり毎日それをしようという 努力を続けていくことが大切ですね。」

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


わかってはいても 難解でございます。

終わりがけに、堀尾さんが、
『怨念を持ちながら生きることが どうしてもやめられない』
って仰ってましたけど、ホントにねぇ。。。

パンを取った・取られたの話にしても、
『これは自分のもの』だと なった時点から、それを守るほうに思考が働いて、それを脅かす存在には『このやろう!』と思うワケで。

生きるために 人は 何かを得るために、躍起になって。
でも 何かを得れば、今度はそれを守るために必死になって生きて。
で、それが疎外されれば怨んだり妬んだり。

会社のポストの話については、
結局そのレースで勝たなければ、幸せになれない っていうのがもう刷り込みされてるから、っていうかねぇ。
社長になれなければ、莫大な資産を築き上げるコトができなければクソだ。みたいなね。
そうじゃないと生きていけない、幸せじゃない、 っていう。
…そんな考えが根底にあるから、邪魔されるような出来事があると恨む。

(まぁ、なんというか どっちも次回のテーマの“執着”に繋がるんじゃないかと思いますが…。)

もっと、あの、厳しめな例が・例え話が欲しかったなぁ、とは思いますけど。
例えば誰かに大切な人を殺される。虐待される。イジメに遭う。など。

…これは冒頭に佐々木先生が言われた、“避け難い苦しみ”では無いと思うので。
(…うん?どうだろう…。天災とかの突発的な要因でも無ければ、老化などのいずれ確実に訪れるものでも無い。 …とは思うけど、環境的には閉鎖されていて、解決しにくい問題だとは思うので。)

…あぁ、でもこれはサンフランシスコ講和会議のくだりで出た話に繋がるのか。

(だとしても もっとクローズアップして欲しかったなー…)

謝罪や反省、責任の所在が不明なものが多いから、ここが納得いかない っていうのがあるんですけどね。
こと戦争においては、それが正義であると信じて殺人が肯定されているように、
戦争でなくても、個人間の諍いにおいても、それが当人にとっての正しいことだと思っているからこそ、衝突が起きて、傷を負う人がいるワケで。
(番組最後に堀尾さんが『自分が中心であることを捨てることが重要』と仰ってましたけど。)
だから過ちを犯しても、自分が正しいと思ってる限りはこれは解決しない問題で。

パンの話や、会社のポストの話にしても、…まぁ、なんでもいいけど、
正義や常識といったものが暗黙の了解のように、なっていて、疑うことをしにくくてね。
(かといって、自分に都合のいい正義を利用して解釈したりもあるんだろうけどさ。)


無明が全ての…諸悪の根源 …的な話があったけど、これもだから会社のポスト…看板みたいなもの(人を名刺で判断するような)がもうインストールされてるような ね。

たとえば『あの人は ああいう人だ』みたいなものも、それまでの人生で築き上げた、近似値の人を 一つの色メガネで見るような。先生にイヤなこと受けた人は『先生なんて…!』と思ったり、ヤンキーにイヤなことされた人はヤンキー見るだけで脅えてしまったり。で、見た目DQNのヤツは全部そんなんだと思ってうっかりケンカ腰に絡んだら実はいい人とかがたまに居たりしてね。


友達付き合いとケンカの話にしても、
今の時代の弊害があるのか、それとも年を重ねることでなかなか心を開きにくくなっていくのか、本当に相手と向き合うことが無くなっていったりね。




あぁ、ほんと難しいな。
本心というか、『物事の“本当”』が、どんなものかも分からずに衝突したりする出来事がある中で、『ただ水に流せばいい』だけでは無いのなら、どうすれば明らかになるんでしょうね。

それを 他者への想像力を以って推して知るべきなのでしょうか。

イヤなことしてくるヤツも、ホントはさびしいヤツなんだ とか思って?



夜麻みゆき先生が『物事の真実(事実)は一つで、解釈が多数存在する』というような主旨の発言をどこかでされてたような。(違ってたらゴメンです。)

争う相手同士、加害者と被害者 が、解釈を共有できることが解決なのでしょうか。


よくわかりません…。
また次回。

ブログ内リンク : “ブッダ 真理のことば 『第1回 生きることは苦である』を見た。”

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2011年9月22日 (木)

“『麦と東北ホップ』を飲んだ。”

“『麦と東北ホップ』を飲んだ。”
『麦と東北ホップ』を飲みました。

『麦とホップ』自体は第3のビールでも好きな方で。それの東北ホップだそうで。

昨年まで東北地方限定販売だったそうですが、今年のこともあって、全国で販売ということで。

もともと好きですし。苦味や香りも良いものかと。
(とはいえ、あまり味覚が肥えてるワケじゃないので、従来のとどう違うかなんてのは分からないんですけどね。(笑))

“麦とホップ”としては『麦とホップ(黒)』が。
また、『サッポロ生ビール黒ラベル東北ホップ100%』が、
どちらも10月26日に発売らしい。

どっちも一度は飲んでみたいけど、黒ビールは好みが分かれるからなー。

東北ホップ使用ver.は、どちらも売り上げの一部を復興支援関連に役立てていくそうなので、これも良いですね。

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2011年9月21日 (水)

“『2011年9月。台風15号。』とか。”

今度は台風15号が迫っておりますよ。

というか、沖縄周辺でぐるぐる回りすぎだし、その挙句日本列島縦断するとかどういうことかと。
しかも現在940haで数日前より強くなってるし。

既に前線により、大雨・洪水の被害も出てるようで。
今年の自然災害がまだ続いておりますな。。。

台風12号も今月、甚大な爪あとを残していったばかりだというに。


被害が大きくならないコトを祈るばかりです。

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2011年9月20日 (火)

“『FILE159:「ペットはアナタに首ったけ?」』を見た。”

2011.09.15.O.A. (再放送 2011.09.19.夜中)

爆問学問 FILE159:「ペットはアナタに首ったけ?」 を見ました。

今回の先生:林 良博(東京農業大学教授・山階鳥類研究所所長)

以下、番組内容をざっくり。↓

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

ペット用品の店へ。
犬用のケーキ。

ペットのための家。
フローリングが滑らないように加工されている。

犬も70%家の中で飼われている。
依存。

太田:「ペットロス症候群」

老犬用のベビーカー? みたいなもの。車いす? みたいなものも。

林 :「先進国で犬好きってあんまりいない」


  飼育数(2010.10)
 犬 1186万匹  猫 961万匹  (ペットフード協会調べ)

林 :「ようやく猫が追いつきつつある。日本人は忠実なのが好き。」


太田:「犬は人につき、猫は家につく。」
林 :「犬は人に似る。人は猫に似る。」


田中家での猫のVTR
田中:「栄養バランスを考えて、ペットフード以外はあげない。」
太田:「なんで猫には厳しいのに 自分には甘いの…。」

林 :「(犬・猫は)ほかの世界を知らないから」


(犬について)
林 :「一番人間に気に入られた やり方。」
太田:「生存本能として 犬は賢い。」


田中:「なんで犬と猫は ペットとして定着したのか?」
林 :「肉食獣だからいいんですよ。
    草食獣だと そこらじゅうでフンをする。」


林 :「コミュニケーションが出来る。
    犬は50くらい人間の言葉を覚える。
    猿のような知能は無い。けど、 人間が悲しいと犬も悲しい。
    共感する能力がある。」



田中:「子猫はそれでかわいいけど、大きくなってもかわいい」
林 :「家畜というのは幼体のまま成熟する。ネオテニー(幼形成熟)っていうんです。」

林 :「“ワンワン”はオオカミの子どもの鳴き方。」




  好みに合わせて品種改良。 犬 400種 猫 200種



林 :「“ペット依存=現代病” と、 “ペットをかわいがる=他の生き物へ愛を広げている” という、それぞれの考え方。」


(東日本大震災によって知る 東北のほうでの犬の飼われ方。大型犬が多い。)
 自分のペットとの距離と、他人の飼い方としてのペットの距離が異なることに異論を唱えたり。


 殺処分される 犬・猫の数  年間 約30万匹


太田:「情がわいちゃうから捨てないでしょ。(普通は)」

(欧米では場合によって安楽死させたりなども)
 
太田:「(捨ててしまうのは)最後まで責任を持たないっていうか。」

林 :「欧米人はペットとの関係が垂直。家来か奴隷。
    日本人は曖昧で、ペットと人間の関係が水平。」

林 :「日本では なかなか盲導犬が普及しないでしょ。(信号を待たせるとか――…)あれがかわいそうだ って言う人が結構いる。」

太田:「やっぱり捨て猫や捨て犬っていうのは卑怯だよね。「俺は手は汚さない。おまえ勝手に死ね」っていう、その投げ掛けがものすごく嫌なんだよね。殺しは出来ないけど、飼えないから捨てちゃう。」
林:「そこは確かに日本人の欺瞞(ぎまん)ですよ。だってそんな森の中じゃあるまいし、誰かが拾ってくれなきゃ死んじゃいますよね。」
太田:「ねえ! そりゃそうだよね。だから覚悟は必要だよね、飼う時にね。俺なんか子どもの頃犬を飼ってて、どうしたってペットは先に死ぬわけだから。そうするともう嫌でね。それこそ喪失感みたいなのが嫌で、今の猫が死んだ後はもう飼いたくない。だから逆に言うと、飼うなら死を看取る覚悟がないと飼えないよね。」


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


ペットフード以外は与えない っていう田中さんのくだりがあったところで、最初のペット専門店でのケーキのくだりなんですけど、
ペット同士…犬や猫はほかの犬や猫がどういう生活をしているかなんていうのは知る機会って無いのかな。
犬は大体鎖で繋がれてるからともかく、猫は自由に動き回るから、ほかの猫と猫同士で交流するのかな。(こういう考えってマンガ的?)

早い話が嫉妬みたいなものって どうなんでしょうね。
愛情というか、「かまってほしい」みたいなものはきっとあるんでしょうけど、『そっちの猫ばかりかまってないで私もかまってよ』的な。 生活自体でも食べ物とかで あれもこれもと妬むことってあるのかな。


老犬用の手押し車みたいなヤツで思い出したけど、
なんかの番組で草野仁さんがそういうコトやってたような…。
(散歩させたいけど足腰弱ってるからって、何かに乗せて…。)



『日本人は犬が多く飼われていて、忠実なのが好き』というのがあったけど、これはそう思いましたね。
従順だから。っていうか、思い通りになるから っていうか。

で、まぁ、それが結局は、他の家庭でのペットについて っていうか、他の人と犬・猫との関係性について疑問を思うっていうか。

品種改良。殺処分。盲導犬が普及しない。 …っていうそれぞれに関わってくるんでしょうね。

人間の基準をどこまで犬(や猫)とかに置き換えて考えるんでしょうかね。
『生存本能として賢い』っていうなら、介助犬として生きることや、警察犬として生きることもそれを選択した(人間の意思に共感した?)っていうことになるんでしょうかねぇ。

その一方で“捨てる”っていう。
震災の影響で福島とかで放たれてしまった犬とかどうなったんだろうって思わず思い出しましたけど。
でも何とも言えない。

(あまりにも個人的な都合とかで捨てる ってのはまた別で。)




関係性とか“共感する”ってコトには、人間の子どもと大人の関係にも通じることを思っていたりしまいましたけど、
(従順つか、思い通りになるように育てる って感じのこととか、感情を察知する ってこととか。)
(子ども産んだはいいけど、捨てるとかね。)


うーん、難しいな。
これも答えが無いというか。
責任が持てないなら無関心でいい。っていう結論とはまたベクトルが違うと思うので。
自覚して関わる っていうのが最善なのかなぁ。

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2011年9月19日 (月)

“【100分de名著 ブッダ 真理のことば】 : 『第1回 生きることは苦である』を見た。”

100分de名著 ブッダ 真理のことば 『第1回 生きることは苦である』を見ました。

以下、番組内容を大体テキスト化。

講師・佐々木 閑

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 『真理のことば=ダンマパタ』

ブッダが弟子たちのために悟りへの道を423の詩にまとめたもの。

苦しみには2つある。
1つは今度の震災とか『避け難い苦しみ』
それに対して、ダイエットしたいのに という、欲望から出てくる苦しみ、自分の心が生み出す苦しみ どちらの苦しみも なんとか消したいと考えるわけです。

◎端的に表す物語―――。
大富豪の娘だった、パターチャーラーの物語。
パターチャーラーは身分の低い召し使いと駆け落ちし、流れ着いた土地で子どもを生みました。
2人目の子どもを身籠もった時、母が恋しくなり 実家へ帰ろうとしました。しかし、その道中 夫がヘビに噛まれて死んでしまいます。
―――不幸は続きました。生まれたばかりの赤ん坊を鷹にさらわれ 上の子も川に溺れて死んでしまったのです。パターチャーラーは嘆き 悲しみました。その悲しみは正気を失うほどでした。さらに豪雨で実家も流され、パターチャーラーは天涯孤独になってしまうのです。
そんな彼女にブッダが声をかけました。
案じることはありません。この生死の輪廻において、あなたのように 子どもを亡くして嘆き悲しむ 人々の涙は四大海の水より多いのです。

佐々木:「ブッダはパターチャーラーに向かって 生き方を変えよ と言います。パターチャーラーはこれ以上 不幸になりようもないくらい不幸なわけです。 で 本来ならば ひょっとしたら命を絶つかもしれない。 そんなときにブッダは『命を絶つ必要はない』パターチャーラーはそこで 釈迦の教えに従って出家をして尼さんになるんです。最後は本当の安穏と幸せの中で一生を終えたと。」

【ブッダが説いた 生き方とは?】

“ものごとには発生と消滅がある
 ということを理解せずに
 百年生きるよりも
 発生と消滅の原則を見通しながら
 一日生きる方がすぐれている”
    真理のことば 一一三

佐々木:「これは 物事 すべてのものは、生まれ、そして消えていく。従って その中でいつまでも変わらずに 永遠に存在し続けるものは無い ということです。これを“諸行無常(永遠に変わらず 存在するものはない)”といいます。
    すぐれている というのは ここに安楽の道がある ということです。  世の中の、本当の姿を見ないで生きる ということは つまり 間違ったものの見方で生きるということですね。」

佐々木:「ブッダが考えたのは、この世の中が全て苦しみであるならば、そのたくさんの 無限にやってくる苦しみを 自分がしっかりと受け止めて、それを苦しみだと感じないような自分を作らなければならない。つまり 自分自身を変えるということが、ブッダの考えた一番の目的なんです。」

佐々木:「例えば、今回の震災を考えてみましても、現実は 私たちの思いとか 夢というものに関わりなく、粛々と進んでいくわけです。それがそれほど違わないときには私たちってあんまりその食い違いを感じませんけども、今回のように衝撃的なカタチで襲いかかってきたときに、そのあまりのギャップが、我々に恐ろしい苦しみを生み出すわけです。」

“諸行無常を知って 生きよ”

《ナレーション》
世の中は、自分の思いとは関係なく、常に移り変わる。だから苦しみが生まれる と ブッダは説きました。さらにブッダは、その苦しみを解決する方法についても言及しています。

“仏と法と僧に帰依する者は
 四つの聖なる真理
 すなわち「苦」と
 「苦の発生原因」と
 「苦の超越」と
 「苦の終息へとつながる八つの聖なる道」とを
 正しい智慧によって見る”
     真理のことば 一九〇 一九一

佐々木:「仏・法・僧という、三つ合わせたものが、仏教という意味なんですね。 仏教に従う者は この4つの真理を土台として ものごとを考えていこう と。」

【ブッダが説いた 4つの真理 とは?】

四聖諦(ししょうたい)
・苦諦 ・集諦 ・道諦 ・滅諦

・苦諦…世の中は「苦しみ」で満ちている。例えば老化にしても、それは止められない。苦しみを生む原因は 私たちの中にある。

・集諦…「苦しみ」の原因は煩悩である という真理。

・道諦…煩悩を消したときに「苦しみ」が消える。

・滅諦…じゃあどうやって消すのか という「苦」を消すための実践の道を説いたもの。

解決方法には八つの道があるという。それが八正道。

・正見 ・正思惟 ・正語 ・正業
・正命 ・正精進 ・正念 ・正定

・正しいの基準、意味というのは?
佐々木:「たとえば 道徳的に正しいとか、法律に則ってるから正しいとか、ここで言う“正しい”というのは、正しく、世の中のありさまを見る ということです。
    私たちは普通は 世の中のありさまを正しく見ていないんです。その理由は何かというと、いつも 自分を中心に考えるから。自分がこの世の中心にあって、その周りに 私の世界というのがあって、 その周りで色んな世界が動いていて、私こそが世界の中心であるというような錯覚 を持って世界を見ているわけです。なぜならば 世界は私のことなんか何も考えずに動いていくからですね。」

佐々木:「こん中に 突拍子もない修行とか荒行とか いわゆる苦行は無いし。出家しなくたって日常の中の心構えでこれを続けていく。それを一歩ずつ積み上げていく トレーニングの中で、私たちは少しずつ心を変えていくことが出来る。
    それはつまり、煩悩に支配された日常のものの考え方を少しずつ是正していく。  そして本当の世の中のありさまが正しく見えたときに 我々は多くの苦しみから解放される。」

“日常の中で正しく見ることを トレーニングする”

【自我を見つめたブッダ】
「ブッダは普通の人間ですが、どうやって人間の苦しみから逃れることができるかマジメに考え、そしてそれを集中的に修行することによって、その道を見つけだし、もっと大事なことはそれを私たちに教えてくれた。」

・ブッダの半生。
釈迦族の皇子ゴーダマシッタールダとして 16歳で結婚し、子どもももうけ 何不自由なく暮らしていました。
しかし あるとき王宮の外で人々の姿を見たとき彼の運命を変えました。それは人生が 生・老・病・死 という苦しみに満ちていることを知ったからです。それはやがて 自分の身にも起こることに気がつきました。シッタールダは苦しみを克服する術わ得ようと、29歳で出家を決意。修行しながら深く思索を続けました。そしてついに35歳で菩提樹の下で悟りをひらき、目覚めた人=ブッダ となったのです。

「長い修行が終わって、悟りをひらいたときのブッダはたいへんな喜びを感じたわけです。それがここに 歓喜のことば ということで……」

“私は 苦しみの基盤である
 「自分」という家の作り手を
 探し求めて 幾度も生死(しょうじ)を
 繰り返す輪廻の中を
 得るものもなく さまよい続けた
 何度も何度も繰り返される生は
 苦しみである

 だが家の作り手よ
 お前は見られたのだ
 もう 二度と家は作ることはできない
 その垂木はすべて折れ 棟木は崩れた
 心はもはや 消滅転変することなく
 渇愛の終息へと到達したのだ”
     真理のことば 一五三 一五四

佐々木:「家というのは“私”が “私という世界”をつくっている というものです。  私という世界の周りに、私の持ちものだ “私”を中心として組み上げられた 私の 自我の世界。これが 家 というものです。」

瀧口:「家というのは、自分の基準でこう 世界を見てつくり上げてしまった虚構のような世界を、家というふうに…」
佐々木:「そうです。誤った自我意識ですね。
    “繰り返す輪廻の中を 得るものもなく さまよい続けた”というのは、『そういう 私の世界は本当はどこにあるんだ 私中心の世界はどこだ』ということを探して求めるということです。 しかし 見つからない。探しても見つからないから それは苦しみの連続になるわけです。 ところがブッダは自分の体験によって、虚構の世界だということに気がつく。  気がついた途端に、今まで作ろうとしていた “家”の構造は いっぺんに崩れてしまいます。それが“その垂木はすべて折れ 棟木は崩れた”
    気がついてみると、今まで探して求めていた“私”という世界は もう無いじゃないか。そのときにはじめて、“無いものを探していた その苦しみは消える”。  そして本当の安楽がくる。これが釈迦が長い修行の結果 到達した境地なんですね。」

瀧口:「日常に置き換えると どういうことが言えますか?」
佐々木:「たとえば私が、お金持ちだとすると、このお金持ちの状態は ずっと続いていてほしいと思うわけです。
    そうしますと、その世界を邪魔するものが出てきますと それに対してたいへんな憎しみと、そして苦しみと。さまざまな妬みや、そういうものを生み出している そしてそれが現実社会との間で 必ず食い違い、齟齬を起こしますから それが苦しみとなって表れる。こういう その自分中心の世界から苦しみが生まれてくる というのが、ブッダが考えた世界観なんですね。」

“「苦しみ」は自分中心の世界から生まれる”

佐々木:「今 言ったようなこの話は 世界中の全ての人に当てはまる話では無いんです。つまり心の中に苦しみを感じて 今 生きている人生がそういう苦しみに満ちているということを自覚した人にだけ役に立つ考え方です。 だからブッダの言葉は『心の病院』。待っているわけです。自分の方から出かけていって健康な人を引っ張りこんでくる病院なんてのは無いですよね。苦しんでいる人がやってきたときには それを全員引き受けて、まじめに治療する。
    今回の震災にしても、国全体が一つの病気を抱えた重病人になったんだと思います。みんなが心の中になにか こう 苦しいわだかまりを持って生きている。  でその病気はなかなか消すことができないから 物理的に治すことはできないかもしれないけど しかし病気になりながらも、その病気を抱えながらしっかり生きていく道がある ということですね。それがブッダが我々に教えてくれたことなんです。」


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



というかブッダ関係は、最近 アルボムッレ・スマナサーラ氏の本を読んでるから、大体の知識に関しては補完できてるつもりなんですけど。。。


パターチャーラーの話に関しては、先日 アルボムッレ・スマナサーラ氏の著書、『心は病気』を読んだときにもあったものなので、すんなり入ってきましたし。

それでも、震災のこととかをね。こういう『避け難い苦しみ』を、どう受け止めていけるか っていうコトは、それが肯定のためで大切なんだろうなと思っていてもなかなか心は変わらない。
…これはニーチェの永遠回帰にも言えるけどね。苦しみも繰り返す …っていう点では。


この番組によって、スマナサーラ氏とは違う語り口で得られるものに期待しつつ。
また次回。

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2011年9月18日 (日)

“『なっちゃん朝MIX バナナ&マンゴー、ピーチ&ブルーベリー』を飲んだ。”

“『なっちゃん朝MIX  バナナ&マンゴー、ピーチ&ブルーベリー』を飲んだ。”
なっちゃん朝MIX バナナ&マンゴー

果肉を丸ごと使ったバナナピューレに、濃厚な甘さのマンゴーを組み合わせた、とろっとしたやさしい味わいのなっちゃん朝MIXです。

なっちゃん朝MIX ピーチ&ブルーベリー

やわらかいピーチのピューレに、甘酸っぱいブルーベリーを組み合わせた、爽やかな味わいのなっちゃん朝MIXです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

という新商品なワケですが、以前 洋梨コンポートとかがあったので、それと近い感じかな?とは思いますよ。
デザート感覚というか、朝のフルーツの栄養補給に良い っていう感じでしょうか。

ブルーベリーはそういった意味ではフツーだったんだけど、飲んだ感じとしてはバナナの方が好みです。
丁度良い甘さですし。

そんなドロッとしてるワケじゃないので飲みやすいですよ。

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2011年9月17日 (土)

“『アゲイン!! 1巻』読了。”

『モテキ』の久保ミツロウ先生の新作 『アゲイン!!(1) (KCデラックス) (1巻)』を読みました。

先に あとがき を読んで、
“『3.3.7ビョーシ!!』では応援団描いてないから!!” っていうのを読んで、

あれ? そうだったっけ?
と思い、

先に『3.3.7ビョーシ!!』を全巻読んでから この『アゲイン!!』を読み始めました。

『3.3.7ビョーシ!!』の方が、舞台が新宿でホストクラブで、内容がちょっと重い(刺青にまつわるゴタゴタとかがね。)っていうのもあったから、今回の『アゲイン!!』は非常に読みやすいです。いい意味で刺激がそんなに無くて、すごく平和な。
自分の学校生活に置き換えてみたり、ちょっとクスりとしてみたりなど。『3.3.7ビョーシ!!』以上に少年マンガな感じがして楽しいですよ。

なにより主人公の金一郎がちょっと変わってる。のがイイ!
見た目がヤンキーなのに別に暴力的でも無いし…(っていうかこのへんのくだりも金一郎が本編中に喋ってますが。(笑))。
アゲイン後の世界で、女子とフツーに喋ってたり、生活指導の北島先生とも 特に衝突するワケでもなく、すごくライトに対応したり。(北島先生自体の性格も生活指導にしては変わってるのかな。というか校風が厳しくないトコだからそういう先生になったのかは分からないけどね。)
そして何気ないところで、アゲインの3年でばーちゃんが死んでたのが、生きてるばーちゃんとまたフツーに生活してんだなー、っていうところが、当たり前なコトなんだろうけど 主人公に感情移入して読んじゃうと嬉しいんだろうなー ってのがあって。良いね。(「入学式見に行こうかねぇ」なんて。これ 泣くよ。)

そしてもう一人 アゲインしちゃったアキの存在も面白い。
なにより3年後の世界で 特に接点の無かった…言ってしまえば、どーでもいーような存在の他人の彼女なんてものが一緒にタイムスリップしちゃったワケで。
しかもアキの方はリア充街道まっしぐらだったから金一郎の対比としてもわかり易い。


このまま すごく平凡に、でも小さな幸せとかを、ちょっとした変化を積み重ねて劇的に変わっていく様子を見続けていきたいですね。
この作品で、大きな出来事は特に起きなくてもいいから。



ところで、私 うっかり最近のマガジンを読んでしまったんだけど、1話の入学式のところで出てた、“野球部で 膝コワして彼女も出来なかった鈴木”が最近のマガジンに載ってたけど、そういうのも全部変わっていくのかな。

そして3年前の2011年にタイムスリップした っていう本編だけど、まさかこの連載 2014年(タイムスリップ前のもともといた年)で終わったりしないでしょうね。。。

アゲイン!!(1) (KCデラックス) Book アゲイン!!(1) (KCデラックス)

著者:久保 ミツロウ
販売元:講談社
発売日:2011/09/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年9月16日 (金)

“ロングブレスダイエット”

いつも見てるこちらのブログ earth in us. さんにて知ったんですけど。
もとはテレビでもやってたんですってね。

美木良介さんが 各 色んな番組で紹介されてたそうで。

前ニュースでニノが痩せた ってあったのもこれなんですってね。


私は体格的に痩せてるので、別にそれはいいんですけど、
ただ姿勢が悪かったり、腰に負担があったりするのでそういうのの改善はしたいですね。
(というか、美木さんも、元は腰痛改善がメインで、ダイエットになったのは後付けだそうですが。)

earth in us.さんのほうでは、心のタフネス…精神力のアップも見込めるとあり、そっちも期待ですね。
呼吸はゆっくり長く吐くコトが大切だとか、丹田が大切だとかは なんとなく(非常にボヤっとした程度…)聞いたコトはありましたが。

取り敢えず試してみようと思います。
…まぁ、ちゃんと続けないといけないんですが。

関連サイト:美STORY ロングブレスダイエット

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2011年9月15日 (木)

“『FILE153:「恋愛必勝法おしえます」』を見た。”

爆問学問 FILE153:「恋愛必勝法おしえます」を見ました。

2011.07.21.O.A. 録画しておいたものを見ました。

ゲスト
金政祐司(かねまさゆうじ)社会心理学・追手門学院大学准教授。

菊水健史(きくすいたけふみ)動物行動学・麻布大学教授。

望月明美(もちづきあけみ)クラブのオーナーママ。


以下、番組を見てのメモ。↓

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

東京大神宮にて。恋愛のパワースポット。

金政:「震災以降、結婚相談所も2-3割増し。
    『絆』、『安心感』、『帰る場所』を探している。」


菊水:「動物的に 基本的に求愛するのはオス。」



20-30代の 未婚者の交際状況。
・男性 恋人あり 30.4% 恋人なし 38.6% 交際経験なし 31.0%
・女性 恋人あり 43.8% 恋人なし 37.0% 交際経験なし 19.2%
                           (内閣府 2010)

 「いない人は7割くらいの人が何もしていない。」


菊水:「(動物的には)草食動物は激しく求愛する。」


  リムジンで移動。銀座のとあるバーへ。


望月:「昔の若い人の方が『動物』だった」

   「銀座にはセクハラ対応方法がある。」


金政:「社会心理学的に 『類似性魅力』。 外見もだけど、意見・態度もそう。」


金政:「『恋の返報性』。 “自分を好きな人を好きになる。”。」


菊水:「男性が女性の外見を重視する という研究。ヒップとウエストの比率、10:7。出産で順調にいく体型。」

菊水:「動物の戦略にgood gene ,good dad(「優秀な遺伝子」と「優秀なパパ」は別)っていうのがあって。一夫一妻といわれる鳥を調べても、一夫一妻で入るんだけど、メスは他のオスと交尾して、今一緒にいるオスに育てさせるという・・・。」



太田:「倫理とか道徳とか、そんなことじゃないからね、人間の魅力って」

望月:「(女性から嫌われる女の子についての話。媚を売るとか)」
田中:「けど 媚を売ってるほうは素直かもしれない。」


金政:「男性は、物理的・空間的に一緒にいるだけで満足しちゃう。
    女性は話がしたい。感情的・情緒的に共有したい。」

   「…わかってはいても うまくはいかない」

望月:「本当の恋愛は全然ダメ。さんざん貢ぎました。終わるときはグチャグチャ。」



菊水:「哺乳類の中で、一夫一妻でパートナーを変えない種は3%だけ。
    一番研究が進んでるのが プレーリーハタネズミ。最初の出会いが決め手で一生添い遂げる。(仮に事故か何かで片方が死んでも、次の異性を迎えない。)」


--恋愛必勝法について。

望月:「先ずは“エントリー”すべし。友達→親友 と。」

菊水:「似たものの動物。共に歩んでる感じの言葉と行動を共有する。(同じ言葉を繰り返して同調したり。同じ行動をしたり。)」

金政:「知り合ってから告白までの期間(フリップを出す)---。」

3ヶ月以内に告白して成功が 41.2%
13ヶ月以上経つと失敗する 50.7%

   「鉄は熱いうちに打て じゃないけどさ」

時間帯は 18-23時が成功率が高い。



太田:「相思相愛になって 安定することが 果たして正解なのか。」

金政:「別れの主導権は女性が握りやすい。」

望月:「女の子から 昔の恋なんて聞かない。」


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



これだけ最近の放送で見てなかったので 録画しておいたのを見たんですが。。。

まぁ、なんというか、銀座のママでも、研究されてる金政さんでもプライベートはまた別のようですから、こういうのに正解なんて無いのは分かってる上での回だと思うんですが。。。


何が正解か、何が幸せかなんて分かりませんもの。
たとえば 一途に誰か一人を想い慕い続けているコトが幸せで、恋愛としての成功なのか。それとも、色んな人と恋愛をするコトが成功なのか。
色んな人とセックスすることが成功なのか。

…っていうか、成功って何よ。
恋愛必勝法って何に勝つの。
告白する→OKを貰う。→付き合う。 が勝ったパターンなんかな。

で、恋愛の終わり っていうのは、別れるコトがそうなのか、結婚がそうなのか。
恋愛の先の行き着くところに結婚があるとしたらそれはまた違うし。
っていうか、その先が結婚だとしたら、じゃあずっと好きな人と居られるなんて幸せなハズなのに離婚する夫婦の多いことや子どもを蔑ろにする親とかいるワケでしょう。


番組中であった、“『優秀な遺伝子』と『優秀なパパ』は別”って話とかね。

感情的な恋愛云々の話というものと、
生物学的に遺伝子を残していくという話とはまた別のベクトルだと思うんだけど、ね。
あと、“生活していく”って話も関わってくるとまた違う。経済的な意味でね。
…まぁ、これはただの恋愛だとしても、「お金持ちのほうがいいのぉ~」っていうのもあるんですけどね。


そんな色んな異論なコトがある中でプレーリーハタネズミの話だけは別として興味深かったです。選別ではなくて 出会いが全て っていうのがね。




人間、
面白い相手と、楽しい相手と、刺激の応酬をできるのが恋愛。
…に、勝つ ってなんぞ。

というよくわからない結論でした。やっぱり。

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2011年9月14日 (水)

“[コネタマ] もう若くないと感じた瞬間は?”

体力の低下。。。。。

基本、もともとね、体力はあるほうじゃ無いにしてもね、全然“持たない”んですよ。
風邪ひきやすくなったりとかね。

大体 気力だけでやってますからね。
まだまだ若いんだ私わ! なにくそ! って気持ちで。

気持ちはね…。


…や、『若くないと感じた瞬間は?』ってお題だけど、まだ若いですよ。私。(笑)
17歳ですから!
永遠の…!     ……。

デイリーポータルZ

ブログネタ: 【賞品付き】もう若くないと感じた瞬間は?参加数

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2011年9月13日 (火)

“『FILE158:「ニッポン奇祭列島」』を見た。”

2011.09.08.(再放送2011.09.12.夜中)

爆問学問 FILE158:「ニッポン奇祭列島」 を見ました。

今回の先生は、
三隅治雄(みすみはるお)民俗芸能学・芸能学会会長

杉岡幸徳(すぎおかこうとく)奇祭評論家



以下、番組を見ながらの色々なメモ。


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


沖縄。パーントゥ 泥まみれの神様。
 子どもとかも含め色んな人を泥まみれに(しかも臭い!)していく。車(内装も)も、新築の家も。
 ンマリンガー 命がよみがえる泉 から。


よっかぶい。  鹿児島。南さつま市。
 無表情を装った人が、子どもを親から離して袋に入れようとしたり。袋に入れてそれを持って走ったり。。。
 無病息災だとか。


岐阜県川辺町。桶がわ祭



牛のり くも舞。秋田県。
 寝ることによって 神様が乗り移った(ということらしい。。。)。
 スサノオノミコトを演じる(?)。
 で、寝たままヤマタノオロチを倒す。(というか勝手に…。)



撞舞。茨城県。
 カエル(?)に扮した人が。(雨を呼ぶため。田の神様。)
 14mあるところから矢を放つとか。
 とび職の人やら、元・体操部やら。
 これをやる人は自己責任で。


「祭りで死んでも 文句を言ってはいけない という土地もある。」

「だんじり祭りにはだんじり保険もある。」

「日本には 本当の『悪の神様』はいない。」



昔の歴史上の人物で、悪さをはたらいたものも神様にしている。
 菅原道真…e.t.c...




ナニャドヤラ。という盆踊り。青森(の南部から岩手県方面)の祭り。
 キリストの墓の前で盆踊り。
 『ナニャドヤラ』という言葉は日本語として意味不明。
 “何でもしようよ”という意味であるとか。

三隅:「本音ではないことを内心 思いながらも楽しむ。」

杉岡:「キリストの墓は世界中に何十個もある。」

杉岡:「シュールレアリズムの絵みたい。」

太田:「日本は いいかげんさ で 平和を守ってきた。」


おんだ祭り。奈良県明日香村。
 ステージにござを敷いて、おかめの面とか、天狗(?)の面を被った人と もう一つ面を被った人で、性行為を模したものを。
 で、天狗の鼻をアレに見立てて、紙でソレを拭き取って、それを配ったり(? w)
 その紙を『福の紙』(?)だとか( )。

杉岡:「エロ系の祭りは多い。」

三隅:「人間の倫理を取っ払ったところにお祭りがる。  暴れれば暴れるほど、神様は喜ぶ。  今では倫理的にとらえすぎている。」


ジャランポン。埼玉県。
 死装束を着た人が棺おけに入る。葬式ごっこ?
 お経を上げるけど、お経もテキトー。
 厄年や、不幸があった人が死人役をやる。
 村全体の厄落としにもなる。


三隅:「パクられたらどれだけパクられたかで喜んでた。 パクったものを自分のものにしていた。」
太田:「中国のディズニーランドみたいなヤツもあれを本物とは誰も思わないって。(笑)」


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


あまりのいいかげんさに見ながら笑ってしまいましたが。(笑)

リンクも張りましたけど、それぞれの祭りをググったら本当にそんなような祭りがあることがちゃんと詳細書かれてあり。
実にバカバカしく……ゲフンゲフン…えー、まー、愉快ですね。えぇ。

あー、なんつーか、私 あまりにも下らないコトで悩んでたのかしら?とさえ思ってしまいます。

いやー実に日本らしい。キリストの墓の周りで盆踊り ってのが一番象徴してるよね。
この神様が実にいいけげんに扱われてる ってのが。


HPの対談後感想での太田さんのコメントが、(後半部分を以下 コピペ)
世界中どこでもそうだけど、「神」っていうイメージは、やっぱり「乱暴者」っていうのがあるんだよね。下手すれば人間よりも野蛮で、何をしでかすか分からない、みたいな神様がいて。で、そういう野生に近いようなものをなだめて、ヨイショしておだてて、それと同時にばかにもして。何か茶化して、普段の恨みも忘れるというか。何かそういうもののような気がしましたね


あと、神様の意味みたいなもの、神様の価値というか、“最高位の価値観(=神様)”というものが、常に一定では無い っていうかね。そういう印象を受けました。
戦争によって価値観がガラッと変わる っていうのをこの国は経験してるワケですからね。

たとえば、揺るぎないもの として、自然とかあるワケじゃないですか。
大気(空)の流れとか植物、海の流れ、地殻の動き とか。こういうものを神様とも置き換えられるんじゃないですかね。
太田さんが“「神」は乱暴者” って あったけど、 時として自然(=神)は人間とか生きるものに対して猛威を振るう場合があるけど、恩恵は常に享受してるわけで。あまり意識してないけど。で、それを なだめたり、崇め奉ったりしたり。“自然”に置き換えると、その有形でありながら無形のものへの畏敬を表してる っていうコトになるんでしょうかね。
たとえば神にお酒を振る舞うのも正しいかなんて分からないワケですからねぇ。


だからまぁ、その土地なりの 敬意の払い方というか、土地を祀り上げる(土地を、その町を、重視して賑やかに盛り上げる)というんですかね。
そんな意味があるんでしょうかねぇ。



なんかカタいコト書いてしまいましたけど、
神様がいいかげんであるように、こんな理由づけするのも実にナンセンスでしょうから。(笑)
エロい祭りには是非 恋人同士で行って、キャーキャー言いながら饒舌にアレな方向へ盛り上がればいいじゃないか。(投げた。w)

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2011年9月12日 (月)

“『伊右衛門 Green ESPRESSO』を飲んだ。”

“『伊右衛門 Green ESPRESSO』を飲んだ。”
『伊右衛門 グリーンエスプレッソ』を飲みました。

“抹茶の深いコクと余韻を愉しめる新しいタイプ。”

と。
400gの缶飲料で、フタには、
『上下に5回振ってから開けて下さい』
と。

濃厚です。
かといって苦い?つか、渋い ってコトは無いです。むしろどこか甘みを感じるような。

お茶のブランドとして伊右衛門は好きで。
売り上げ的にも、お〜いお茶と同等くらい売れてると思うけど。

ただ、お茶っぽさでは、綾鷹の方が “にこり”を売りにしてるコトもあって味は良いんですが。

今回のグリーンエスプレッソはなかなか本格的な方じゃないかしら。

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2011年9月11日 (日)

“2011.09.11.”

東日本大震災から半年、アメリカ同時多発テロから10年。
というコトで。

NHKでも昨日・今日とかずーっとドキュメントやってたりしてね。
流し見してるつもりが見入ってしまったりして。

同時多発テロに関しては…まぁ、10年前というコトもあって、特に覚えてないというか…、私自身個人としては、特に困難も何も無い時期で、すごく平和だったような気がするんですよね。

だからアメリカでの大規模なテロ…飛行機がビルに突っ込むなんて映像はもはやファンタジーでしか無いような印象でしたね。
そのファンタジーの中で、多くの人が犠牲になってたワケですけどね。。。
衝撃ですよ。現実は小説より奇なり。ですよ。

ニコ動に、2001年の9月11日の西川貴教のオールナイトニッポンが上がってたのを聞いたのですが、それを聞いても当時の衝撃が思い出されるというか。

で、その後の報復に報復が続く連鎖とかね。

最近のドキュメント番組ではリビア、エジプトでのデモも合わせて紹介されたりしてましたけど。。。。。




東日本大震災から半年、という点についてはまだ見えない部分が多いですね。
まぁ、多くは原発についてのコトですけど。
エネルギー政策も絡めた、原発の運転の今後についてが不透明なこととかね。

あとは収穫された食品の問題とかね。
福島の子どもたちに地産地消させてて良いのかねぇ。

お米とかでも、そろそろ新米が流通する時期なんだけど、あまり…。
っていうか古米のほうがよく売れてたりとか、関東より西で収穫されたものが東のほうへ流れてよく売れてたりで原価が上がってるとか?
東北で収穫された昨年のお米ですら「大丈夫なの?」と心配される方もみえるようですからねぇ。
海産物でも、東北の漁港で水揚げされたものについてニュースで見たりしましたけど、その魚は大丈夫なんだろうかとかね。
(つか魚に関しては『どこどこ産』っていうのがなんともアテにならないとゆーか…。)


見た目の町並みの復興は進むのかもしれないけど…進んでいるのかもしれないけど。
瓦礫の除去とかはね。

けどそこからの再興とか。
(再興というよりか、ゼロからまた立ち上げるというほうが正しい?のだろうか。。)
放射性物質の除去とかね。そこはまだまだなのでしょうか。

今、NHKのニュースで、復興の道筋 依然見えず ってやってたけど。。。

あと、人の心の問題も。
安心したころにメンタルが崩れる っていうコトもあるけど。
というか、そういう心の問題って個人差があるから、前を向こう ってなかなか思える人と思えない人といるからね。


この前の近畿地方での豪雨による自然災害もそうだけどね。




で、
テロから10年とか、震災から半年とかってコトで、その過去の出来事による心の傷を、どう前向きに付き合っていけるんだろうか。

…というのが最近の疑問。

顕著なのが同時多発テロで、報復を繰り返してることについてで。
いつ、これを『許す』(赦す?)ときが来るんだろう? っていうね。

「歴史の必然」とか言ったってね、被害に遭った人はたまったもんじゃ無いワケですよ。

津波・原発の被害にしてもそうですが、こういう自然災害の被害に遭うコトは『仕方がない』ことなんでしょうかね。

運命だとでも?

これをどう受け留められるんだろうか。
『過去の教訓』がアテにならないというのに、どう“糧”にしていけるのか。

時間が過去を緩和してくれるのを待つ…、時間が解決してくれるのを待つ…
…っていうのは あまりにも……。


…最近、ニーチェやブッダの考えに触れてるから 尚、思うんですけどね。
……。これは これからゆっくり考えていきます。

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2011年9月10日 (土)

“【アルボムッレ・スマナサーラ】 : 『「やさしい」って、どういうこと?』読了。”

アルボムッレ・スマナサーラ 著、『「やさしい」って、どういうこと?』を読みました。

端的に、本書で疑問に上げられている、“やさしい”の意味は、これまでスマナサーラ師の本を読んできたコトや、私がこれまで思い抱えていたコトに繋がり、

『“やさしい”は、自分にとって都合の良いものかどうか。』

そう、
単純に“利害”のような。欲しい都合を適えてくれる人が“やさしい”と。
また さらに 加えて、『群れる』という行為による、“やさしさ”の共有と、その集団以外への排他的な行為。
そして“やさしさ”に見返りを求めたりとか。

もう一つ、スマナサーラ師が『生かされている』という言葉に反対している、というコトも気になったところ。
私自身、『生かされている』という言葉自体が どうか っていうよりか、その言葉が脅迫しているような言葉に思えていたんです。
(別のところには書きましたけど。)
『生かしといてやる』みたいなさ。(スマナサーラ師の言うことと同じコトか。)

少しズレますが、本書にあった、“必要”と“欲しい”の違いで、
これも刺激が促進された結果なんじゃないでしょうか。
欲望の対象となるもの…娯楽やジャンクフードなど(e.t.c...)、刺激促進と経済活性のためで、別に本来人間にはあっても無くても、どっちでもいいものなんですよねぇ。
(…とは言いつつ私自身そんな欲望に囚われておりますが…。)

で、
“やさしさ”は、結局自我の問題で。
『生命が成立する』コトを基準に自然な考えで在れば良い というコトなんですけどね……。

その、自然の流れによる、自分の役割であるとか、自分の本分というもの、それが分からないと思うんですよ。
『どうして私が?』っていう観点にも触れられていましたが、“役割”が過度な負担になってると思うんですよ。…どこの企業にもおける問題だと思いますが、仕事が出来る人が偏ってる …っていうんですかねぇ。『仕事をしなくてはいけない』と強迫観念的に与えられている人が多い…っていうか。
(本書でもそのリムジンのドアを開けるのにわざわざ…ってコトとかね。)

肯定的な・うなずける点では、やはり、夫婦の役割とかに書かれていたことですけどね。ゴハンの支度と、子どもの面倒をちゃんと理解して行うっていうね。これは賛成ですけど。

…こういうコトがね、たぶん “やさしさ”についての基本なトコなんだと思いますよ。
とてもシンプルなところでね。



どうしても過度になってるんですよ。
“やさしさ”を求めすぎるように、欲望や必要の在り方がね。

…ちなみに先日のニーチェの番組では、『自分の欲望に正直に』というのが結論的なものとしてあったんだけど、これも求めるもののバランスの問題なのでしょうかねぇ…。。。

「やさしい」って、どういうこと? Book 「やさしい」って、どういうこと?

著者:アルボムッレ スマナサーラ
販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年9月 9日 (金)

“『空手小公子 小日向海流 45巻』読了。”

空手小公子 小日向海流(45) (ヤングマガジンコミックス) (45巻)』を読みました。

南さんvsダグラス・ペリー 戦。決着。


たしかに南さんらしい決着だった。
モスキート戦法は久しぶりに見るなぁ。。。
最後は判定によるもので、結果、ポイント的にギリギリだったものの、勝利し、伊吹さんや武藤さんも、
“これでこそ” というか 実に“らしい” というか。そんな評価を。(苦笑)


また後半は里見大地vs白戸テムル心

どちらも南さんとの対戦経験があり、敗れているけれど、その時よりもそれぞれが成長していて。
449話の、今回の試合に至る様子とかを読むと どっちも応援したくなってしまうものですね。
特に大地のほうは、練習風景なども含めてから、その愚直に・堅実に励む姿勢から 南さんとも共通する感覚を思いますよね。
結果的に試合中でガードを解いたりしたシーンもありましたけど。

ただ、白戸のほうが勝負では一枚上という結末でしたけどね。
タイプが真逆の二人の戦いはスピードや鋭さを増した白戸の方が上をいったとな。



いやー、しかし、この巻に収録されてる2つの試合はどっちもクリーンな感じで見ててスッキリしますわ。応援したくもなりますからね。

…と、思ってたらラストにシンサック。
まーた黒い展開になっていくんでしょうか。

空手小公子 小日向海流(45) (ヤングマガジンコミックス) Book 空手小公子 小日向海流(45) (ヤングマガジンコミックス)

著者:馬場 康誌
販売元:講談社
発売日:2011/09/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年9月 8日 (木)

“2011.09.08.ミルクティーいろいろ。”

“2011.09.08.ミルクティーいろいろ。”
新商品があってミルクティーを色々飲んだんだけど。

小岩井のはフツーだったなー。何度かリニューアルしてると思うけど、これは変わらず。

次に紅茶花伝のショコラを飲んだけど、これは甘い!
甘くて美味しい!
ミルクティーなんだけど、ショコラだからかね。

次にリプトン スマートタイムズを飲んだけど、ま、これも好きな味。
もともと紅茶ではリプトンブランド好きなんですけどね。甘さが丁度良いので。

ただ、贅沢ロイヤルとどう違うんだろう? というのはありましたが。

午後の紅茶 茶葉2倍はこれから飲みますけど。

この中では紅茶花伝のショコラロイヤルミルクティーが好きですね。

個人的にミルクティーは苦手でもあったけど、結構飲み易いの多かったな。

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2011年9月 7日 (水)

“『FILE157:「君もアンパンマンになれる!」』を見た。”

爆問学問 2011.09.01.O.A.(再放送 2011.09.05.夜中)

FILE157:「君もアンパンマンになれる!」 を見ました。

ゲストは やなせたかし先生

以下、HPからの番組内容をコピペ↓

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やなせ:「正義というものは簡単に逆転するんだ。どっちから見ても正しいことは何かというと、「ひもじい人を助ける」ことじゃない?それはどっちの国へ行っても正しいわけ。だからそういうヒーローを作ろうと思ったんです。」
太田:「そういう思いがあったんだ。」

やなせ:「ところがですね。「やなせさん、これは何ですか。アンパンが空を飛んでいって助けるとか、こういうばかばかしい話は、今の子どもにはうけません。もうちょっと勇ましい話じゃないと。」って言われてですね、全部反対されたの。ところが、子どもは非常に素直に反応した。今、その子どもたちが大きくなって、30歳ぐらいになってます。彼らは「幼稚園の時に読んで、やっぱりアンパンマンが顔を食べさせる部分でグッと来たっ」て言うんです。」

太田:「これは日本人だからうけるのかな。この自己犠牲っていう感覚は?」
やなせ:「今はね、自己犠牲の逆の時代ですよね。エゴの時代です。自分が良ければ他人のことはどうでもいいっていう時代なんです。それなのにこの自己犠牲の話がどうしてうけてしまうのか、それも小さな子どもになぜうけるのか。さっぱりわからない。」
田中:「計算外なんだ。先生も驚いたっていうことですね。」


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太田さんが、
“「今何もできなくても、種を蒔いて表現することが、何十年後に花開く」”
っていうコトを話しされてましたけど、これは希望になる言葉だと思う。

対談後感想で太田さんが、サカキバラ事件のときなどに対して、「生きること」をシンプルな言葉で言える、説得力を持ってる とありましたけど。まさに。

92歳になられてる やなせ先生が「生きるよろこび」とか歌われてるワケですからねぇ。。。

また、「手のひらを太陽に」の歌詞制作裏話で、電球に手をかざしていたエピソードなど。


エゴだらけの世の中で、自己犠牲の正義。
太田さんが「自爆テロとかは?」と、聞いていた点は ちょっともやもや。

けど、
「正義はある程度自分を犠牲にしないと出来ない」
「正義は簡単に逆転する」

という言葉や、戦争で会う相手国の人にも家族がいる ということの考えから、ほんとうに どの立場から見ても正しいと思えることでないと、っていう考えに至られたのでしょうね。

それが ひもじさから助けること。食べ物を差し出す という正義。


日本はフツーに暮らしてれば まぁ、飽食の時代 とも呼ばれてるから、ゴハンに困るなんて いうコトはめったに無いと思うのね。

けど、震災の時に ほんとに食糧が無かったときがあったから、それは、ここで言う“正義”を誰もが思ったことになるんでしょうか。


作品を作り続ける理由を問われての、
「山の上まで郵便配達をする人に話を聞いたら『私はこの仕事が大好きだ。お金をもらって高い山に登れる。届けたらみんなすごく喜ぶ』と。作家も同じ。時々ステージに立つのは、直接目の前にいる人が喜ぶのを見ると、こっちも嬉しくなるから」
というのもとてもシンプル。

(まぁ、私はこれに対して、エゴとかアイデンティティとかを考えてしまうからダメなんだけど。。。)


最後、
『強いからヒーローなんじゃない 喜ばせるからヒーローなんだ』
結局これが全てなんでしょうね。
今回のタイトル、「君もアンパンマンになれる!」っていうのは。


個人的には、もうちょっと、やなせたかし先生の、
『♪なんのために 生まれて なにをして 生きるのか こたえられないなんて そんなのは いやだ!』
この、なんていうか、 かつて葛藤していたであろう時期の話を もっと聞きたかったなー、というのはありますけどね。

……まぁ、そんな “なにをして 生きるのか” なんてのは自分で見つけなきゃいけないんでしょうけどね。
戦争を経験され、30歳を過ぎての漫画家デビューに、ブレイクが70歳で、それで今『生きるよろこび』と歌っておられるんですから。

生き続けてみないと わからないからこそ なのでしょうか。





関連リンク↓

やなせたかし先生が「アンパンマン」に込めた哲学がすごすぎる! - NAVER まとめ

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2011年9月 6日 (火)

“【100分de名著 ニーチェ・ツァラトゥストラ】 : 『第4回 現代に超人は可能か?』を見た。”

100分de名著、ニーチェ、ツァラトゥストラ 『第4回 現代に超人は可能か?』を見ました。

1~3回までは見てなかったんですが、今回初めて見ました。

MC:堀尾正明、瀧口友里奈
講師:西 研
ゲスト:斉藤 環

以下、番組内容を大体テキスト化。↓



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

19世紀 ドイツの哲学者ニーチェ。
当時のヨーロッパの価値観を根底から疑い、人間の生きる意味を問い続けた思想家。

ニーチェは主人公『ツァラトゥストラ』を通して自らの思想を説きました。
『神は死んだ』
ツァラトゥストラはキリスト教に基づいた価値観が崩壊していることを人々に知らせます。そしてこれまでの価値観に頼ることなく 創造的に生きる存在……―――“超人”を理想としたのです。
超人になるための最大の関門 それは、苦しみも含め 同じ人生が何度でも巡ってくるという、“永遠回帰”を受け入れることでした。

ニーチェは人間が生を肯定するにはどうすればよいかを徹底的に考えぬきました。


西研:「第1回から第3回まではツァラトゥストラの物語と、そこに込められたニーチェの哲学を読み解いてきたんですけども、今日はですね 現代を生きる私たちに、このツァラトゥストラの思想がどう役立つか ということを今日はテーマにしていきます。」



スイスのシルス マリヤにニーチェハウス(ニーチェ記念館)がある。ニーチェが滞在して執筆した部屋がある。
ツァラトゥストラは当時 人々の理解を超える内容から、ほとんど見向きもされない書でした。最終巻に至っては、わずか40部ほどニーチェが自費出版しただけだったといいます。

その後ニーチェは精神を病み、思想家としての活動が全く出来なくなります。
 
病に倒れた晩年から20世紀にかけて、ニーチェの思想は次第に認められるようになります。
19世紀の古い価値観を打破したいと考えたヨーロッパの新しい知識人が、ニーチェに共鳴し始めたのです。
ところが1930年代になると、ナチスによってニーチェの思想が歪められました。“強者が弱者を支配することを肯定する思想”と誤って解釈がされ、ユダヤ人迫害の正当化に利用されたのです。

第2次大戦後、ニーチェに再び光が当てられます。
近代の価値を転換する思想として、特にフランスの哲学者や批評家などに注目され、
《脱構築、蕩尽(とうじん)の哲学、ポスト・モダンの哲学、存在論》
戦後の新たな思想の源流となったのです。


 
【現代の私たちの生き方に ニーチェの考えをどう活かしていくか。】

堀尾:「斉藤さんは ツァラトゥストラという本、どのように捉えてらっしゃいますか?」
斉藤:「学生時代に手に取ったのですが、学生時代というのはひねくれたところがありまして…。アポロン的な 理性的な哲学じゃなくて、もうちょっと享楽的なところというか…いわゆるディオニソス的なというか。そういうところに魅力を感じたというカタチで入っていきました。」

アポロン的…理性的、論理的

堀尾:「人間的に物事を考えよう―――…っていうのが…」

ディオニソス的…感情的、享楽的
 
斉藤:「そういったものを享楽的に捉えるといった…
    ニーチェは晩年 精神を病んだりとかですね、ちょっとこう狂気を孕んだところが…まぁ、まだ…免責の余地から… ちょっとこう ニュアンスを感じる あとづけかもしれませんが。
    そういうのに我々は惹かれてしまう という困った性癖がありまして。(笑)  狂気に至るまでの天才と紙一重というかですね、そういう発想で魅されてしまうというのがたぶんあったと思いますね。」

堀尾:「斉藤さんがツァラトゥストラの中から、これぞ名文!というものを―――。」

斉藤:「“末人(まつじん)”という…“ラストマン”という人々にかかわるものの描写が――…。」


 われわれは幸福を発明した―――
 「末人」はそう言ってまばたきをする。
 彼らは生きるのにつらかった土地を去った。
 ぬくもりが必要だからである。
 さらに彼らは隣人を愛し、隣人に体をこすりつける。
 ぬくもりが必要だからである。
                  「ツァラトゥストラの序説」より

斉藤:「先ず 非常に毒のある表現といいますか――…。
    まず“まばたき”をするとかですね――いかにも動物的というかですね、小人物というかですね…、すごく軽蔑される存在という印象を与えてくれてますね。単なる快感ですね。 緊張を解放するだけの――リラックスをひたすら目指すという。
    “ぬくもり”と書いてあっても 決していい意味ではなくて、単純にこう ゆるい世界でね、まったりと生きたいというですね。そこだけ聞くとといいように聞こえますけど、まぁ、超人のように自分を鍛えていくような、きっかけはそこには無いわけですよね。」

堀尾:「これは今の世の中と通じると感じるところはありますか?」
斉藤:「うん。 やっぱりある種の予言の書というか、やっぱ今の人の一部の人ですけどね。在り方が限りなく末人的なライフスタイルに近づきつつあるんではないかと。」

堀尾:「先生、当時からこの末人のくだりというのは好きだったんですか?」
斉藤:「これを好きというと誤解を招くおそれも…(笑)」
堀尾:「好きというか 気になったというか…。」
斉藤:「なんというより、まず自分のことを言われてる感じというか。おれはいずれこうなっちゃうんじゃないか、っていう そういう懸念を一番青春期に感じました。」
堀尾:「当時の学生はそうやって読んだのかもしれませんね。」
斉藤:「そうかもしれませんね。」

【それぞれの”超人”論】

堀尾:「“超人”という思想、お2人にとって超人とはどういうことなのか。」

西研:「超人というのは、究極ポジティブな存在ですよね。常にクリエイティブに生きていく。ルサンチマン(恨み、妬み、嫉妬の感情)なんか関係ないっていう。そういう存在ですよね。
    超人を目指す ってニーチェは言うんだけど、ぼくはねぇ、あの、よろこびの方向に向かっていけ、とか、高めあっていけ というメッセージはすごくいいと思ってるの。でもニーチェの書き方は、一人で頑張れみたいなところがあるんですよ。うん。一人でがんばって強くなる。ストイック。
    でも、人が本当にクリエイティブになるときってどうなんだろう。ニーチェの言うクリエイティブですよね。 それってお互いが自分の感情を出して、それをちゃんと受け取った とか、ちゃんと返ってくる そういう信頼があるところで、クリエイティブというのはものすごく出てくると思うんですよ。
    たとえば まぁ、古い話だけど、ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーが曲作ってるときに、も-最高だった ってこと言ってるんだけど、お互いの間でどんどん響いてね。コールアンドレスポンス。 こっちが呼べば向こうが応える。そう 刺激し合って ガーっと高まっていく。そういうところにね。超人のほんとの具体的な形があるような気がするんですね。
    だから お互いの感情をちゃんと交換し合うとか、そういうつながりの中で超人を目指す。うん まぁ、言わばしなやかな超人。そういうイメージを持ってた方がいいような気がします。」

     “しなやかな超人”を目指せ



斉藤:「あの、私は専門がひきこもりなんですけども、私は超人というのは完璧なひきこもりのことだと思います。ちょっと西先生の真逆みたいな感じになっちゃうんですけど。
    ひきこもり ってのは仕事もしないし、人間関係も無いし、業績も無いし。そういう自分を全肯定できるかどうか と、そこが超人の非常に重要な条件なんじゃないかと。」

瀧口:「ひきこもりの状態で良い っていうことなんですか?」
斉藤:「そうです。 そのひきこもってる自分を、いかなる価値基準に照らさないで肯定できるかと。無根拠に肯定できること。」

瀧口:「なんか、仙人みたいなイメージが今ちょっと浮かんできたんですけども…。」
斉藤:「そうです。禅僧とか 仙人とか。」

西研:「ニーチェの思想のすごくいいところに、どんな自分が その失敗しちゃっても、その自分を絶対見捨てちゃダメなんだ。そういうこと言うんだよね。
    やっぱり自分が自分の最大の味方で、そこを肯定できなきゃいけない思想ってニーチェの中にありますよね。」

斉藤:「ただ 普段若い患者さんを中心にですね、接してて思うのは、ま それこそ ニヒリズム(「すべてのものは無価値である」とする考え方)じゃないですけども、否定が力を持ちすぎている。いじめにしても、ニートにしても、いわゆるロストジェネレーションと呼ばれる、まぁ、ワーキングプアなんかも含まれてますけどね。若い世代の…まぁ、意識の中にですね、肯定をする力が弱まっている気がするんですよね。   すごく危険……危惧しているところなんですよね。そういうとき この、とりあえず、自分を力強く肯定するところから始めよう という考えは、 すごく意味があると思いますし、臨床をやっていても……ま、人間関係でもいいですけど、何かちょっとしたキッカケでも自分を肯定することが出来るとですね、こもってた人が動き出す ってのはよくあることなんですよね。
    肯定感が最初にあると、医学的に考えてもですね、それが次の展開に繋がるという実例はいっぱい経験してきましたのでね。  なんとかそれを持ってほしいな と。願望も込めてですね。“究極超人”―――…。

    結局ですね、ひきこもってる人が抜けられないのは世間体を気にしたりだとか、世間のものさしに縛られてるから出れないんですよ。」

瀧口:「今、問題になってる ひきこもりというのは、自分自身を 自分のものさしで評価できないところが一つ問題に――…」
斉藤:「まさに仰るとおりで。社会的な基準だけに依存しているので、自分をどうしても肯定できないんですよね。ずーっと自分を否定しながら毎日を過ごしている。とても苦しいわけですよ。
    逆に 全部肯定できた瞬間に、自由になるんですよ。パラドックスなんですよね。それこそツァラトゥストラが山から下りたみたいに。肯定が完成したら こもってられなくなっちゃうんですよ。結果的に。」

堀尾:「多くの人と交わる ってことも、できるようになるわけですか?」
斉藤:「できちゃうわけです。しようと思ってするわけじゃないんですけど、ま、自然ななりゆきでそういうふうになってしまうというか。」

西研:「斉藤さんどうなんでしょう。世間の基準から自分を見てることで 苦しいし、外にも出られないけど、じゃあ 自分自身のありのままをね 全部肯定するためには――、実は「アンタそれでいいよ」と言ってくれる誰かがいらないと思うんですけど。どうです?」
堀尾:「それは精神科医の仕事なんじゃないですか?」
斉藤:「やー、我々が肯定しても、それは仕事になっちゃうんで――。なかなかそれを素直に受けてもらえなくなるんですけど。
    やっぱ承認の問題は大きいわけで。みんなが承認を求める時代になっているとも言えますから。承認してもらえて肯定する。という生き方が普通なんですけども、ここは敢えてニーチェ的に、 承認抜きで自分を肯定せよ。と。言いたいところなんですよね。とりあえず とっかかりとして です。


    “承認抜きで 自分を全肯定せよ。”




【ニーチェ 人生相談室】

瀧口:「あのー、私 今 大学生なんですけど、今 就職氷河期って言われてると思うんですけど、でも、それでも大企業に行きたい って人がすごく多いんですね。中小企業でももちろん魅力的なところ あると思うんですけど、やっぱり安定性とか、お金の面とかもあって、大企業に集中してしまって、それがさらに 就職氷河期を加速させてるんじゃないかって感覚もあるんですけど。   自分が本当にやりたいこと っていう――ニーチェの言う超人のように、今 こういうことがやりたいんだ って内側から溢れてくるようなものっていうのを、みんな見つけきれてない…なかなか。
    っていうのと、どうやったらそれを見つけて、こう“超人”みたいになっていけるのかな、 っていうところがあれば―――…。」


斉藤:「就活も婚活もそうなんですけど、どうしても比較の発想になっちゃうんですよね。こっちよりも こっちが大きいという。 こっちが安定している。福利厚生がいいとかですね。比較の話ばかりしていると、私は”末人”的になっていくというか。どっかしらで自分が置き去りになってしまう感じがするんですよね。
    で、精神科医として言うんですけも、精神分析的には、まぁ、人の正しい生き方というのがあってですね。それは何かっていうと、自分の欲望をあきあめないことなんですよ。最後まであきらめない。絶対譲歩しちゃいけないんですよ。これはもっとも正しいとされていて。
    ただ、一番難しいのはさっき瀧口さん仰ったように 何が欲しいか分からない というのが最大の難点なんですよね。すごく多い。だから自分探しは 自分の欲望探しで。結構難題なんですよ。    だけど、比較の発想をだんだん剥ぎ取ってですね、それをやめていけば、ひょっとしたらそれは見つかるんじゃないかと思ってるんですけど。
    やっぱり どっぷりと 受験のときからですね、その就職→結婚に至るまで、比較の発想に慣れすぎていると、欲望が逆に見えなくなってしまう懸念があるので、なんとかそこを一回リセットするようなですね、キッカケをですね 掴んでほしいなと思うんですけどね。」


西研:「ぼくもすごく共感ですね。
    やっぱり普通でなきゃいけないとかね、普通より もうちょっと良いほうがより良いでしょうけど、あの 根っこにあるのは「脱落したくない」っていう気持ちだと思うんですよ。「落っこちたくない」ね。
    世間並みのところから「損したくない」。そういうことばっか考えますよ。 それで就職――…だんだんうまくいかなくなったりすると、全世界から自分が否定されたような気持ちになってくるのね。わかりますよね 気持ちは。
    でも、ニーチェ的に言うとね、世間から評価される前に、どんなことやったら自分ワクワクするの? どれやったらオレ燃えられるかな? っていう、やっぱそこ考える必要があって。ぼくね、会社で自分のワクワクを実践するくらいに思わないとダメかもと思うわけ。それ理想論だけど。 でも やっぱり どうやったらワクワクできるの?っていうところから考え始めないと いけないと思うんですよね。」

瀧口:「「脱落したくない」っていうと、マイナスから始まっちゃう考え方になっちゃう―――…」
西研:「そうそうそう。その通り。」

堀尾:「ぼくね前回 ニーチェの『運命愛』っていうのを説明して下さったときに、要するにニーチェは 人生は全て運命であると。その運命を受け入れられれば、肯定できれば、こんなに喜びに満ちたものはない っていう考え方じゃないですか。   だからどんな障害があっても、それも運命で、それをプラスに考えられる っていうね。究極のプラス思考。 それから、今 たとえば ま、就職・受験に失敗した。それもプラスに導く何かがあるんだって思えれば すばらしいことですよね。」

斉藤:「肯定の考え方 いろいろありますけど、ぼくは 偶然を必然に感じられる才能だと思うんですよね。そういうキッカケとして ニーチェを読んでみるというのも いいかもしれませんね。」


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超 面白かったです。

たしかに、自己肯定感は、弱まっていると思います。
それは 安易に人と繋がることの出来るツールがあるから という、今の時代だからこそ、というのに限らないとも思いますが。

で、個人的に惹かれた言葉は、
『就活も婚活も、比較の発想』とかってくだりのところが。

そう、結局、ここなんですよ。“世間”とか“普通”とか“社会的”な…そんな価値観に無意識下で依存しているんじゃないか? ってコトがですよ。
でもね、仕事とか…そういうのは“誰か”の“社会的”な価値観に受け入れられてないと、成り立たないワケですよ。いや、勿論 そんなのは切り離して考えて然るべき…って視点もありますが、幼い頃から生存のレースに乗せられてる人間にとっては、生産と消費活動を行わないなんていうのは、社会から隔絶された存在でゴミ同然なんだって思えるんですよ。

社会の枠組みで生きることが、生きることを肯定する全財産みたいな考え方になってしまっていて、だから誰かに,何かに必要とされていないと、自分が肯定できてない。


これがあまりに多い。
というか、これが多分全てだと思うんです。
すべての生きてる人は。


若い人について 主にピックアップされてたような気がしますけど、私自身、色んな年代の方とお話しした経験からですが、そんなものは関係ないと思うので。


『自分の欲望をあきらめない』とありましたけど、これもね、それまでの、比較の世界の価値観がインストールされていて、たとえば、自分が何かを好きなことも、「多くの人がこれを好きだから好き」というのとか、また逆に「マイノリティだからこそ、好き」とか。その「『マイノリティが好き』なオレが好き」という考えもあったりとか。
自分の感情が、誰かの立脚した価値観に依存してるから構築されたんじゃないのか? とかをね。考えたりするんですよ。

で、西さんと斉藤さんは“しなやかな繋がり”とか、また“ひきこもり肯定”とかありましたけど、本質は全く同じだと思うのです。
西さんの場合は、他人と真ッ剣に関わること。(感情の交換をすること。お互いの思いを表出し合うこと。)で、斉藤さんの場合は、徹底して自分に向き合うことだと思うの。

結局それは“自分”の根源・源流を知るキッカケとなるのでしょう。

ただ、価値観の合う友人・知人となぁなぁな語り合いをするのでもなく。
ただ、自分の価値観を正当化するためだけに殻に篭って他人を否定してばかりでもなく。

(自分は自分で完璧で在るし、他人は他人で完璧で在るのだから。)

(けど、他人の完璧はなかなか認めたくない感情が出てきてしまうと思うけどね。それは自分の完璧を肯定しているからこそ なのかもしれないけど。…このあたりが難しいからこそ、おそらくナチスによって歪められた部分があるのかもしれませんけどね。『支配が正しい』という誤ったことがね。)

全ての価値観を解(ほど)いて、確立した自分を肯定すること。
これは難儀な道のりかもしれませんけどね…。

私自身としては、運命論みたいなものはまだ肯定できない、というか疑問なので。
マイナスな出来事自体をどう捉えるか という問題(不慮の出来事による死や、心身に大きな傷を負わせるような出来事)が起きたとき、これも“運命”だと、“必然”だと受け入れられるかどうか …というのは自信が無いですので。。。
永劫回帰が苦しみも含めての肯定だから、多分 “私”が苦しみや不都合を肯定出来てないのかな。被害者感情を持ちたい(自分の優位性“だけ”を常に考える)からかもしれないけど。
(…どうしても こういった場合『たられば』を考えてしまいますから。だからニヒリズムになってしまうと思うんですよ。全て無駄・無価値かと、ね。)

これを超えたら、“超人”に なれるんでしょうかねぇ。

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2011年9月 5日 (月)

“『2011年9月。台風12号。』とか。”

台風死者18人、不明46人=和歌山など豪雨被害甚大―12号、山陰沖に・気象庁

時事通信 [9/4 15:31]

日本列島に豪雨をもたらした大型の台風12号による被害は4日、さらに拡大し、近畿地方を中心に18人が死亡、46人が行方不明になっている。和歌山県では10人が死亡、34人が行方不明で、県は自衛隊に新宮市への災害派遣を要請した。
3日午前10時前に高知県東部に上陸した12号は、四国、中国地方をゆっくりと北上し、4日午前3時までに山陰沖へ抜けた。今後も日本海沖を北上するが動きは遅く、西・東日本の広い範囲で風速15メートル以上の強風域になっている。気象庁は近畿、東海を中心に断続的に激しい雨が続くとして、大雨と土砂災害などへの警戒を呼び掛けた。

(9/5の0時のNHKのニュースでは20人死亡、55人不明。と。)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

金曜の夜中から1時間ごとに台風のニュースがやってて、土曜の日中も昼間はほぼ同様に、NHKでは台風のニュースをやってた。
台風全然進んでないもんね。

土曜の夜中(9/4朝くらい?)にもずーっとニュースやってて、たまに速報が入ったりしてね。
奈良の方で家屋が流されたとか…。

…こんなに台風による被害って甚大だったっけ。

ちなみに今日(つか昨日)は台風は既に日本海に出てるけど、大雨がハンパなかったワケで。

自然災害をナメてるワケじゃないんやけど、まさかここまで及ぶとは思えないよね。
地震然りかもしれないけどね。

台風が停滞してたから、って、こんなコトにまでなるものかね…。



亡くなられた方のお悔やみを申し上げますとともに、被害に遭われた方のお見舞いを申し上げます。

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2011年9月 4日 (日)

“『田辺イエロウ短編集 フェイク!』読了。”

田辺イエロウ短編集 フェイク! (少年サンデーコミックス)』を読みました。

結界師の作者による短編集。


収録順に。

「LOST PRINCESS」
作者コメントにもありましたが、ミリペンが気になって仕方がなかったです…。(笑)
表紙もミリペンによるものだそうですから、描き方が変わったのでしょうけど。

この作品に関しては線が単調なのが気になってしまいました。肌のアウトラインとか、髪とか服のシワとかの線がね…。
話はすごくシンプルに感じました。
逆に言うと 残らなかった っていうのもあったんですけどね。


「読切版 結界師」
話としては好きです。
ただ良守がオッサンくさいのがねー…。
ですけど、巻末の今風の描き方で描かれたキャラの「読切版 結界師」の良守はなかなかのカッコ良さ!
これ本編にも出してほしかったくらいですよ。


「フェイク!」
左手に印があって、甘いもの好き …っていうのが誰かさんに似てますが。(笑)
この作品が一番トータルでバランスのあるものに思えました。
作者コメントもありましたけど、(意図の是非はともかくとして)作者のメッセージみたいなものは割とストレートに表されてるんじゃないでしょうか。
結構好きです。


「バースデイ」
ギャグ漫画でページも他より少なめ。
『いきすぎた愛情はギャグになる』というのは分かりますけどね…。(笑)
あぁ、だけど折角のギャグ漫画なら、もっとやりすぎて欲しかったなー。
地球ぶっ壊すくらいのノリでもいいよなー。
折角ツタンカーメンなら、もういっちょスフィンクスでも作って、犬のごとく暴れまわって住宅街を破壊するっていうのも見たかったかもー。


「闇の中」
田辺イエロウ先生の投稿作。新人コミック大賞少年部門佳作受賞作。

これが一番好きです。
回想シーンがところどころ挟まれてる部分の読みにくさは多少ありますが、それを差し引いてもこれは面白い。
作者コメントと、本編ラストにある「ヒントはたくさんあったのに…」というセリフも含めて読み込ませるものが作品にはありますね。
しかしハッピーエンドじゃないのにね。作品の力なのかしら。


で、巻末に今の画風での過去作のイラストがあるのですが、どれもカッコいいんですよねー。
田辺イエロウ先生の次回作に期待です。

田辺イエロウ短編集 フェイク! (少年サンデーコミックス) Book 田辺イエロウ短編集 フェイク! (少年サンデーコミックス)

著者:田辺 イエロウ
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2011年9月 3日 (土)

“『サッカー女子・ロンドン五輪アジア最終予選第2節 日本×韓国』を見た。”

たまたま時間が合ったので、後半から見てたのですが。

得点はその時点で2−1でリードしてたけど、ボール運びがねー…。
パスが通らないコトが結構あったり。
あと芝状態なんだろうね。

監督結構叫んでたな。

ま、勝って勝ち点を得られたのは大きいけどね。

W杯以来になでしこの試合を見てたけど、安心は出来なかったよねぇ。

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2011年9月 2日 (金)

“【川田久里夫】 : 『人生をシンプルに変えよう!』読了。”

川田久里夫 著、『人生をシンプルに変えよう! (王様文庫)』を読みました。


もともとはツイッターで…、タイムライン上で安倍吉俊さんのtwitterで、川田氏のブログ、earth in us.にリンクが繋がってまして。そこで書いてあったことが なんか良いな~ って思い。
で、著書が刊行されたというコトで購入しました。


“ミニマリスト(最小限主義者)”を目指すというものがこの本のコンセプト。
生活している中で縛られている、色んなことから自由になって、自分らしい生き方を送ろう! …というような。


非常に実践的なことも多く記されてあります。
食事の面であったりとか、整理方法。また、情報のコントロールなど。



ですが、私が本書の中で一番繰り返し読んでいたのは、1章と8章。
自分の心の中での“しがらみ”みたいなものに囚われて何も出来なくなってる。 そんなものを打開するようなことが書かれていたのが良かった。


『「心のバグ」が見つかる3つの習慣』とかがね。
“うまくいかないことを実は望んでいるからじゃないか”というのは心にくるもので。
(「幸福になりたい」と思っているクセに「不幸になること」をどこかで望んでいるんじゃないか。っていうのはアルボムッレ・スマナサーラ氏の本にも似たような表現があったと思いますが。)
で、仮にここまで気付けていたとしても、どうやって克服(というか“思い込み”からの脱却というか。)をするのか、っていうのがね。
“思い込み”を生んだ(膿んだ)過去に向き合うしかないんですよねぇ。。。

これが難しいというか大変というか。
何故なら それは築いてきたアイデンティティーを一度解体するような感じじゃないでしょうか。
今まで信じ(こまされ)てきたことを否定…というか捉えなおすワケですからね。

で、また これが過去と今が隔絶してるワケじゃなしに、今・現在に地続きだからこそ、過去の自分を見詰めなおすコトは難儀…。
たとえば被害者体質になってしまってることとかね。ビクビクしてしまって萎縮する。また逆にビクビクしてる部分を隠すために虚勢を張る …という今も習慣じみているような言動を、そのような言動を自分が取ってしまってる(しようとしているなと直前で気付く)ことに察知して、改め続けていかないといけないのかな。

本書では『「開きなおる」ところまでいきましょう』とありましたけど。




あと8章のP.187のヤツがね。
本当の自分ってのがねー…。





なかなか面白い本でした。

で、個人的には、購入特典の第9章のエゴについての内容が良かったです。
ここも解放させたいコトですよね。




今も川田氏のブログは更新中ですので。
読んで 活かしていけたらと。

人生をシンプルに変えよう! (王様文庫) Book 人生をシンプルに変えよう! (王様文庫)

著者:川田 久里央
販売元:三笠書房
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2011年9月 1日 (木)

“『土星マンション 7巻』読了。”

土星マンション 7 (IKKI COMIX) (7巻)』を読みました。

完結巻―――……。
地上降下計画はついに実行される。



ソウタが大活躍で。
ニシマルさんが企んでいたことに違和感を感じて、あれこれと奔走していたコトがね。

その一端として、計画自体に対する周りからの疑問は向けられていたものの、森下くんが殺されたことを受けて思いかえるところがあったり、
中に乗り込むのがミツだからこそ、周りのミツに対しての想いも背負ってることに自覚的になったから、細心の注意をしていたのね。


ミツの成長については、P.142の、
「ボク自身を知って、色んなことに気付けたんだ」
っていうのが一番だね。

最終的に、降下計画が成功したことによって、ニシマルさんも悲劇を起こすことによる革命ではなく、本当に妻・牧恵が望んでいた結果になって 良かった という話なのかな。

ニシマルさんは降下が実行される時もどこかで自問自答してるふしがあったり、ミツの…妻と重なる言葉に心が乱れてたりしたから。
復讐や恨みに心が奪われていると、“自分自身の本当の望み”みたいなものが見えなくなってしまうんだろうね。




佐知さんがいい人すぎてなー。ミツの想いも組んだ上で読むとなんともなー。
けど真くんとはお似合いなんだよなー。
森下君のコトを受けて ソウタがカヨに伝えたように、佐知さんもまた いなくなって伝えられないことが来てしまうとしたら辛いから…っていうのがあった…にしても、
ミツが自分の想いを打ち明けないっていうのがねぇー…。



大団円だと思う一方で、
ニシマルさんのその後の思いとか、
ミツの“自分を知った上での”思いの表出とかを見たかったなー、って。

まだまだ先が見たかった作品です。その後の仁さんとかね。(笑)

土星マンション 7 (IKKI COMIX) Book 土星マンション 7 (IKKI COMIX)

著者:岩岡 ヒサエ
販売元:小学館
発売日:2011/08/30
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