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2011年5月24日 (火)

“『FILE144:「死ぬ前にしたいこと」』を見た。”

2011.05.19.O.A. (05.23.再放送)

爆問学問・FILE144:「死ぬ前にしたいこと」を見ました。


久々に爆問学問の感想を。

前みたいに番組内容をテキスト化するのは時間がかかるので、下記にHPに記載されてた対談内容を転載。

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太田:「先生がさっき海に行ったときに、あのお父さん(海辺に住む往診先の患者さん)が、どこに住んでいるか周りの環境も知りたいって言ったのは、ははあ、なるほどなって思う。、そこにはたぶん何も医学的なヒントとかっていうのはないと思うんだけど、その人がどういうところにいて、どう育ったかっていうのを先生が少しでも感じるっていうことが、それがどういう効果があるかも分からないんだけれども、でも、何か知っておきたいっていう先生の気持ちは、分かるというか。」

徳永:「それはね、あの時あの患者さん、まあがんであったとしますね。で、腫瘍マーカーの数値がだんだんと100が200、300になってますと。その他のデータもこうです、というそこしか知らないのと、あ、意外とこんな家だな、こうやって玄関入って、ちょっと段差があるなとか、障子がちょっと開かんなとか。その後、(家のすぐそばの)海っていうところに行くと、「ああ、こんないい日もあったんか」「今日は気持ちがいい」っていう、何か感情を共有しますよね。「彼もこういう日、いつかあっただろうな」って見ると、何かその人の世界に一部、ちょっとおれる(いられる)っていうのがあってですね。で、ああいうふうに人に出会えるっていうことは大事だなと。それがじゃあ(患者さんの)長生きにつながるかっていうと、まあ関係ないんだけど。」
太田:「分からないけれども、っていうことね。でもどこか関係しているような。」

徳永:「すると、例えば夜中の2時にね、「ちょっと調子が悪くて来てくれますか?」って言われた時に、「ほらガッテン、行こうか」っていう気になるのは、あの海の近くの彼があのベッドで待ってる、私の変な質問に無理矢理答えさせた、申し訳ないとか思って、で、動きやすいんですよ。それが、「もうどうせ死ぬ病気やないか」みたいな、そういうことで動きにくくなるのと、感情を共にしている、あの穏やかな春の日、ありがたかったなっていうのと。するとやっぱりね、こっちのフットワークが良くなるんですよ。」
田中:「だから先生にすれば、ちょっと自分のため、的なこともすごく。」
徳永:「ちょっとじゃない。ほとんど(笑)。」
太田:「面白いですよね。そういうことって。」


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先ず、なんとなく、
番組冒頭で、街頭インタビュー的に『余命1ヶ月と宣告されたらどうしますか?』 なんて質問がされてたけど、 これって、今、フツーに健康な状態で思うコトと、健康面でちょっと厳しい状態になってしまったときに思うコトと、なんか 違うような気がしてしまったのね。

普通の日常を暮らしている立場から思うに、そういう時に考えてしまう『余命宣告』からの“やりたいこと”というのは、非日常を望むコトも一つにあるのかな って思ってしまうのね。

例えば どこどこに旅行に行きたい とかね。

けど 食べれない とか、動けない ってなったときにどう思うんだろう というのは想像がつかない。言ってしまえば、そんな『余命宣告されたら残りの日にち、何をしたいですか?』というのは、“宣告”されないとわからない のかもしれない。

けど、逆に、“宣告”を受けるコトによって、生きるコトへの覚悟が据わるのかもしれない。

生きている以上、1分1秒、死へと向かっているワケなんだから。制限を設けてくれたほうが、必死に何かに打ち込めるような気がしないでもない。


なんていうか、徳永先生、飄々としていて。ご自身では「口が悪い」とかお話されてましたけど、その方がいいのかもしれないよね。下手に深刻に心配されるよりも、毒舌交えてお話してくれたほうが楽しいのかもしれないし。(人によりけりだろうけどね。)

それでいて、往診してね、患者さんの住まわれてる環境に触れる、患者さん…っていうか相手のコトを知る っていう単純なことだけど、自然に寄り添ってる感じがするんだよなぁ。

あと太田さんの発言とで、先生はあまり“死”について達観してる感じではないですよね確かに。ホスピスを立ち上げたコト自体がよりよい死のカタチ として留まらずに、悪戦苦闘されてる。




ん~…、いやぁ、私ゃ悲観的に物事を考えたりすることが多くあるタチなんですけどね。厭世観…っていうかさぁ。
それで、生きる意味とか、自分らしさとか…や、自分らしい最期を迎えたい?とかさ、なんだろう って思うもの。こう考えるのは別に死に瀕してないからの余裕とも言えるけど、だからこそ、生きてるコトがどうでもいいとも思えてしまう。だからこんな命なんぞ…。と思う一方で、『どうでもいい』とはいえ、この今生きてる時間を無駄になんてできなくて、闇雲に必死に生きる。でもそれはなんのため?仕事・趣味に時間を費やす?仕事や趣味で構築したものが何になる。きっと誰かが近しい何かを構築してたり、モノも人も代替品で穴が埋まるのかもしれない。 人の役に立つことに喜ぶ?だとすれば喜んでくれなきゃイヤだという裏返し?苦労して人の役に立ったとして、感謝の言葉に救われるのかもしれないけど、感謝の言葉がないとガッカリしてしまう? もぅ、エトセトラ、エトセトラ…。



と、まぁ、こんなようなコトを禅問答のようなコトを繰り返し考えあぐねてしまう。
…ので、まぁ、生かされながらこの問いの答えにちょっとでも近付いていけたらなぁ、なんて。

“普通は奇跡”って言葉があったけど。奇跡的に構築された“普通”の中で恒常性を感じてしまうコトに疑問を抱きつつ。

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