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2011年3月17日 (木)

“『電波オデッセイ 1巻』読了。”

電波オデッセイ(1) (fukkan.com) (1巻)』を読みました。

復刊ドットコム より 復刊ッ!!

…というコトで。旧版は私、友人から借りて読んでましたので これを機に購入致しました。


読みながら、過去に読んだ私とは別の解釈で読めるなぁ。という実感を持ちつつ。
且つ、永野先生はよくぞ過去にこのような視点の作品を描いておられたなぁ と。



この世界に自分が在るのは“偶然”この世界に生まれたからであり、また 自ら望んだからでもある。
『私はこの世界に生まれてみたい。生きてみたい。』と。
この世界に来たかった理由・生まれてみたかった理由は『色々やってみたい』から。…まぁ、もしくは明確な目的があったのかもしれないけど。

でも、来たら来たで・生まれたら生まれたで、その意味というか目的を忘れる。

それは受験で、『この学校を希望したのは○○を学ぶためです!』。それは就職で、『御社を希望したのは○○を成し遂げたいためです!』。 ……とか言っても、その中に入ってしまえば日々の楽しさやめんどくささに流れて忘れてしまう。

スパンが長いとどうしても忘れるのかな。
忘れることは人の機能として大切なことでもあるけどね。
けど、“自分”をも忘れることもある。

生きる意味なんて無ぇーよ!と。グッバイ人生。うぇるかむ・すーさいど。(言葉おかしいな。w)



オデッセイが現れて、「あと1年は?」という流れは、『どのみち人は死ぬんだよ』という言葉にも聞こえる。
そして“観光”に来た意味、生まれた意味をまた考える。

わざわざ せっせと用意して“観光”に来たのなら、たくさん楽しいもの見なくちゃ、『物は持って帰れない』っていうならたくさん楽しい体験したいな。で帰ったらそれを話すんだ。面白かったわー。って。 そりゃ楽しくないことも…困ったこともあったよ、けど無事に帰ってこれたんよ。あん時ヤバかったわーw …なーんてネタのように困ったことも面白がったり。

…オデッセイと会ったあとの原さんにはポジティブに吹っ切れたものが見える。

敢 え て “電波”だと、ぶっとんだカンジにし、アブナイものと交信しているヤバい人だわ原さんってー…と、自虐ポップな感じではありながらも、
オデッセイという原さんの高次の意識と繋がり 対話して、困難にタチムカウ。


や、まぁ、わざわざ困難に立ち向かうと言うよりか、『関わらずにはいられない』と思ってしまうんですよね。それはキタモリにも言えるんですけど。
特にキタモリの場合は何処か“お節介”な感じでね。それが良さでもあり、弱点でもあるのかな。


P.58でオデッセイが言っている「みんな 不安なんだよ」と、
学生に限らず 全ての人が根底に感じている、“なんだかよくわからない不安”。

それを今の時代にありがちな、容易な“安心”での救済策を取らないで、各キャラのネガティブと向き合った先に立ち上がる。この姿勢が。
今 こうして復刊して読めるというコトは素敵なことではないでしょうか。


全4巻を再編集し 全3巻構成ということですが、1巻で野川さん編までまとまるかと思ったらそうもいかず。(笑)
また、巻末には描き下ろし漫画もあり、こちらは2巻以降へ続く展開のようで。トモちゃん30歳? 原さんとかは出てくるんでしょうか。


【外部リンク】:コミックナタリー・Power Push - 永野のりこ「電波オデッセイ」

電波オデッセイ(1) (fukkan.com) Book 電波オデッセイ(1) (fukkan.com)

著者:永野のりこ
販売元:復刊ドットコム
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