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2010年11月25日 (木)

“『たけしの新教育白書 2010.11.20.O.A.』を見た。”

2010.11.20.O.A.

『たけしの新教育白書』を見ました。

以下、番組内容で気になったトコをざっくり。

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宮本算数塾。
『環境と材料だけ与えておけば良い。 サービス過多で。
 勝手に学んでいく。』

スタジオ尾木先生。
『最近の学校は親のことを“顧客”という。サービス業になってしまってる』

●チンパンジーは動きより物に注目する。 人間の子どもは人のやったことを“真似る”

“学ぶ”とは“真似る”こと。面白さから入ること。
なにが面白いかは努力も必要だし、教える方もヘルプを出す。出しすぎは良くない。

たけし×池上×鈴木 対談

セレンディピティ。偶然が大事。偶然の出会い。どんな意見にもアンテナを張って行動。 失敗を失敗だと思ったら セレンディピティは逃げる。
(“セレンディピティ”という言葉が鈴木先生から出た時に、流そうとしたけど解説した池上さん。)

●根岸先生のVTR。ブラウン先生の言葉。“大きな樫の木も小さなどんぐりから”

●数学を面白く感じる先生。
微分(曲線の各面をとらえる)、積分(そこから曲線の流れを知る。)
タッチパネルの切符券売機。縦横の線が交差するとこを押すようにすれば中心である欲しい切符が買える。

たけし:『映画をつくるのも因数分解』

●落語の世界。
気働きを究めることが精進になる。 “気を利かす。気を回す。”
師匠の様子を察して動く。ナレーションでは“最近はコミュニケーションが苦手な~…”

VTR後、
たけし:『浅草にいたときに 俺が師匠にガンガン怒られたのは、“笑われることではなく、笑わすことだからな。それだけは ちゃんとしておけよ。』って。 何もしないで外歩いて笑われる って、一番格好悪いぞ って。 スピリッツは教える。ってみたいなとこもあるから。』

●池上さん:『ニュース解説も因数分解。共通するものをカッコでくくる』

●再び3者対談。宮根さんが進行。
・勉強にお金は必要か?
鈴木:『上の学校に行くのにはお金がかかる。基礎の勉強をするのにそんなにお金はかからない。』

鈴木先生 VTR。
『学びの環境に必要なのは 恵まれた環境よりも情熱だ。』

たけし:『先進国の人は勘違いしている。頭は我々 良いと思うじゃない。とんでもない、同じ子どもだったら 後進国も先進国も関係ない。
    同じ勉強の機会を与えれば同じなの。どうやって勉強するか って、お金がなくてどうやって勉強するか という技術だって勉強だよ。どうやって先生に会って、どうやって聞くか。それも勉強の手段だから。』

鈴木:『本人がやっぱり面白いと感じるような 興味を持つような気持ちがあるか。』

宮根:『勉強って言葉がなんか厳めしい感じで』
池上:『強いて勉める でしょ。勉強は上から押し付けられてやらされるってイメージありますね。学びってのは自分から自主的にやろう と。』
たけし:『“勉強しなさい”とは言う。』
池上:『“学びなさい”っていう言い方はあんまりしないでしょ』

●学びは何のため?
たけし:『我々は感覚的に、無意味で何が悪い ってのがあってさ。 無意味な方がいいじゃん て。理由付けはいらない 社会の何の役にも立ってないかもしれないけど。“ためになる”って前提で勉強しなくていいと思う。ただ興味があるだけでいい。』

鈴木:『まったく同意見ですね。初めはこのことが役に立つとかじゃなく、その人が面白いと思うことが大事だと思いますよ。』

●“役に立たないこと”の賞。“イグ・ノーベル賞”を授賞された中垣さん。VTR

今年のイグ・ノーベル賞、粘菌を日本の関東の都市に配置したら主要な部分へ拡がりを見せた。
今はオジギソウを定期的に触ったら、周期を察知して勝手に閉じるかと実験。

中垣:『必ず何かの研究をする際に“この研究は何の役に立つ?”という質問とセットになっている。どういうふうに役立つか考えること自体はとても重要でいいんですけども、それがないと研究する価値がないのか というと、決してそういうことは無いと思う。』

●3者対談続き。学びとは何か?
たけし:『逆に言えば、学ぶことになった人は運がいい人だと思う。ついてるな とか、縁がある とか、我々の学生の時代ね、なんか なんか見つけなさい って言うけど、見つかんないんだよ っていうのがあってね。だから これだ これをやろうかな、と思うものが見つかった人は その時点でかなり運がいいよねって思っちゃうのよ。で、偉くなったり賞を貰うなんて、2コ3コ宝くじが当たるような 我々は 気がしちゃう。』

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なんで今回から爆笑問題がいなくなってしまったのか。 とか、生放送じゃないんだ。 とか、2時間ちょいしか無いんだ…。 とか、思いましたが、さておき。

宮本算数塾 のとこで、『教えたがってしまう』というのは興味深かったですね。教える立場の人の教え方次第で、たしかに学ぶのがイヤになってしまうものですね。

私自身…というか誰だってそうだと思いますが、仕事してても率先してやってる方が良いですからね。あれこれ言わなくても「わかってるって!」って思ってしまうもので。

で、その後の尾木直樹先生の言葉にあった、『顧客』という表現。

これはこの前、内田樹さんのメディア論を読んだ時にもあったことですが、『最小の対価を払って最大のサービスを得る』だったかな。『お客様』にしてしまうコトによって傲慢さが増すという。同じことを尾木先生は言われてらしたワケですね。

でもこれの改善方法はどこにあるのでしょう。他者がそれを説いたところで『学び』にはなりませんものね。

落語の世界の、弟子が師匠について修行してたエピソードの中で、『“気を利かす”“気を回す”』という表現をされてたのがさりげなく良かった。…良かったというか正しいというか。“気を使う”という表現を・言葉を 用いてないのがね。“気を利かす”って 習慣になってない人だと難しいと思ってしまいますね。

また、ここで“最近はコミュニケーションが苦手な~…”ってこれは前に何かでも書きましたけど、コミュニケーションが苦手というか不必要な社会でもあったわけでしょう。

言わば極端になったというか。便利になってコミュニケーションを必要としないで買い物が出来るようにもなった一方で、介護職やサービス業、第三次産業と言われるものへの従事者が多い時代が今で。

昔は“ものづくり”がメインでコミュニケーションを介す必要が無く働いていた方も多くみえた一方で、たしかに小さな社会の繋がりがあったのかもしれない。…逆に村八分もあったかもしれないんでしょうけどね。

こればっかりはどんな年齢であったとしても出来る人は出来るし。出来ない人は出来ない。学びませんから なんとも。

たけしさんがその後話した浅草での話で、『“笑われること”と“笑わせること”』。…これねぇ、爆笑問題の太田さんがなんか爆問学問の中で表現について話してた中でなんかあったような~……。

注目や関心を寄せてもらえるなら、たとえ笑われてもいいから注目されたい。関心を向けてほしい。っていう。そういう考えもあったような。

学ぶ“理由”について、『無意味で何故悪い』っていう。これは便利じゃなきゃダメとか、結果が伴わないとダメという 故の考え方というか。

もちろん 結果を出してる人はいる。けど 結果を出してる人はいつだって結果を目標にしてないから。

ノーベル賞とる為に研究してるワケじゃないでしょうに。楽しいや面白いや、興味とかが先に立ってないと、物事は続かない。

けど 周りは結果を求めるし、いつでも“あなたの為”を強要する。

また、求められるほうは“結果が伴わないと、私の価値が暴落する”、“私は要らなくなってしまう”。“《意味のある私》でいなきゃ” ってなってしまう。

鈴木章先生も『役に立つとかじゃなく、その人が面白いと思うことが大事だと思いますよ』

って仰ってましたけど。それ自体は賛成なんですが、役に立ってないと無意味とされてしまう。《私》が無関心を向けられてしまう その恐さがあるんですよねぇ。

で、結局“学ぶ”とは、何か。じゃあ《私》にとって面白いこと、興味のあることって? …ってなると、結局結論は出ないというか。

『面白いこと』を足並み揃えて学んでいかないといけないのなら…強制じゃなくても“空気読め”的なコトとか …自分の関心の方向に向けなくなってしまう。

とすると、自分の中の孤独に、少し強くなってみないと『学ぶ』は始まらないのかな。と思いました。先ずはそこからなのかな? って。

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