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2010年1月28日 (木)

“『BRUTUS特別編集井上雄彦』を見て。”

BRUTUS特別編集井上雄彦 (マガジンハウスムック)』を読みまし…、読んだというか見たというか。

この本は2008年に出た『緊急特集 井上雄彦』を増補改訂したものだそうで。

“最後のマンガ展”の工程を追ったり、スラムダンクとかバスケットの話とかアートの話とか。

マンガなのかアートなのか…というところはよくわからないですね。
その、前に『爆笑問題のニッポンの教養』で芸大行った時に、メッセージとか創作の意図について、作成側は当然それを込めるんだけど、受け手には必ずしも製作者の意図を汲み取って貰う必要は無く、受け手の自由。
作品が作者の手から離れたらそれはその読者のもの。でー…、
…ですけどマンガにはストーリーを以て紡ぐ話がある。キャラクターの人生やキャラクターの価値観を描いてドラマを生んでいく。…それはエンターテイメントとして読み手に楽しんでもらったり、喜んでもらったり、共感してもらったり。

…書いててよくわからなくなってきた……。

『今、“マンガ”を描く以上、言葉に変換できる意味を伝えるものでなくてはならない、という制約があります。その“意味”に呪縛されているような感覚もある。』(P.33)

…なんていうんだろう。全ての事象や感情が、“言葉”として処理されると頭の中で瞬間的に意味を捉えられる。というか。
言葉にするコトで表現したいことが陳腐に捉えられてしまう。みたいな。

だけど、分析、推敲、考察するのに“言葉”を頭ん中でぐねぐね考えたりするワケで。

…ん、言葉に変換できないと、マンガではないのか…。エンターテイメントにならないと……?
共感のツールを用意しておかないといけないから、それが言葉であり、エンターテイメントというコトなのでしょうか。

もう一つ、“身体”についてありました。

私は“身体”に関しては無頓着で。

“流れ”とか、“理にかなっている動き”かとか。そして“心をニュートラルにすること”とか。(P.40 のあたり)
また、内田 樹さんによる、“姿勢”の指摘など。(P.78)
“身体”を捉えて表すことで“心”を写す。
別に“身体”が動いてなくても。
“言葉”が無くても。

井上雄彦氏はマンガが描きたいわけじゃないのかな…。と思ってしまいますが、作ったものを受け手の自由にせずに、読者の葉書で伝わってるか確認してるとあるので(P.36)、表現はマンガでされたいのかな、とも思います。

本書には未公開ネームとかがあるのですが、“井上雄彦作品の考察”だけでお腹いっぱいです。

この文も言葉を尽くし過ぎです。何が言いたいのか、私自身でも まとまってるか自信がありませんが…。(笑)

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