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2009年8月22日 (土)

“『オーラの泉:2009.08.15. O.A.』を見た。 ”

オーラの泉:2009.08.15. O.A. を見ました。

以下、番組内容。誤字脱字、不足点あるかと思われますが御了承を。


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冒頭に久々に3人でのオープニングトークがあった。

お盆という感覚がどんどん薄れていっている気がする、と話を切り出す 国分氏。美輪さんから、故人を悼むという気持ちですから。墓前に故人の好きなお酒とかを供えるのも 悼む想いを形に込めているわけですから。と。

『天国からのメッセージ』。
ということで、先ず、逸見政孝さんの長男(太郎さん)、長女(愛さん)が。


(最期の時、死を迎える時のことを太郎さんが話したあと)
江原:「コミュニケーションを求める人もいれば、それを望まない人もいる。どっちがいいとかじゃなくて、語って理解し合いたい人と、言わずして思いを通じ合わせたい、昔ながらの、古風な そういう人もいる。」

逸見家は古風な武家な感じ 全員が。
今の2人の子どもの努力と、父の導きがあってのこと。
太郎さんはユーモアを忘れずに。それをパブリックな場でも。

そして逸見さんからメッセージということで。
江原:「自分が亡くなってから今日(こんにち)まで、いろいろなことを見てきた。嬉しいことも 悔しいことも。
    だから人というものは どういう人が本当にありがたい人か 人の裏表とか、そういうのはこの家族 皆が見たんです。
    ……と、仰るんです。
    でも、ある時に発想を切り替えました。これが自分が残した財産だと思うようにしました。ある意味で、酸いも甘いも知る事が、自分が残せた財産。   そして今まさに ある種の卒業。要するに自立。
    自分の足で生きていけるようになれた。もうここで お父さんの影響じゃないよ。これから先は良い事も悪い事も お父さんの恩恵でも何でもないと。 これからは君達の人生。」

美輪さんから、自分の決定(けつじょう)が足りないと言われた愛さん。マジメだけでなく、ユーモアで、どこか“お留守”な太郎さん はキャラを作るんじゃなく、先天的なものだから、それを活かして仕事をしなさい。 と。


続いて、河島英五さん。
スタジオには3人のお子さんが(3人とも既に結婚され家庭を築いている)。亡くなる2日前の様子とか、歌も。家庭でも優しさがあって、
「優しい人は 罪つくりね」と美輪さん。プラスのぶん、失った(亡くなった)時のマイナスも深いから。 と。

最期を看取る時は兄弟3人とも居た と。それがこの家族の、家族の導き。 ……?  けど、江原さん曰く、最期を見せたくない人もいる。看取れなくて、悔やむ人もいるかもしれないけど、それも一つの愛 と。

長女 あみるさんが、父、河島さんの夢をよく見て、よく喋ったと。「オレの靴 捨てるな」とか、「江原さんに聞く前に まずオレに言えよ」とか。で、昨年冬にも夢に出てきたそうで、「今度 生まれ変わるから」と言われ、そこであみるさんは「早いって!」と止めたとか。そしたら長男の奥さんが妊娠したり、次女が妊娠したり、あみるさん自身が妊娠したりで、 何!? と。

江原さんから、
先ずは、河島さんが 寂しがりだから オレのこと忘れないでね と。家族にも、あと今回のオーラの泉を使って、ファンの方にも、オレ元気だから と。
“「生まれ変わるから」”というのは、3人の子どもそれぞれが家庭を持ったこともあって、『子どもたちに過干渉になってはいけない』と。だけど『お母さんのところには行ってる』と。母(河島さんの奥様)が奈良で経営しているライブもできるカフェで兄弟3人でライブをすると、
あみるさんが「父もよくコーラスで参加してくる」と。「霊感あるじゃないですか!」と国分さんがツッコミしたり。と、江原さん「特定霊能だから 霊感とは思わないかも。」

次女が、そのコーラスが耳から、というよりも 全体的に入ってくる感じ、と話す。
江原:「それはだって 家族 一番の絆じゃない。音楽。」

江原:「(河島さんにとって…河島家の『お母さん』とかではなく、奥さんなのだから)この人を最後まで守らなければいけない っていう気持ちがものすごく強いのね。今、自分自身がこの世に思う未練というものが一つあるとすれば、やっぱりお母さんのことだけ って、うん。
    奥さんがこの世を去るまでは やっぱり自分にの責任だな と。迎えに行くところまでは ね。自分の責任だな と。
    自分自身のやりたい事何でもやらせてくれたし だから迷惑もいっぱいかけたし、あの、今になって 余計 強く思うのはね 子どもたち ってのはやっぱり大事だと。けどもやっぱり奥さん。
    自分で選んだ相手同士なんだし、責任がそこにはあると、それぞれの家庭でも、そのことを理解してほしい。」

そして最後に河島さんから
“「おじいちゃんとは呼ばれたくない」”

(おじいちゃん、おばあちゃん という呼称について)
美輪:「世間的には相槌はうちますけど、腹の中煮えくり返ってる場合がある。」(笑)


次の天国からのメッセージ。
ヒデとロザンナの出門英さん。(享年47歳)
(ちなみに前の2人はともに享年48歳)

スタジオにはロザンナさんと長女の万梨音(マリオン)さん

17の時にイタリアから1人で日本に来たロザンナさん。ヒデさんと会って一目見て もう この人と結婚するんだ と。

入院中、運動会を見に行く ってことで万梨音さんと手紙のやりとりで、ヒデさんからの言葉に『こっちから応援してる』と。

ヒデさんの前世がイタリア人で、追いかけっこしてたような。ヒデさんが前世で神父さまだったから結ばれなかった。

途中、江原さんが「来た!」と。
ヒデさんが江原さんのそばに行ったらしく、ヒデさんから色々思いのたまっていることを。たくさんの言葉を。
見た目はクールに見えるけど違う。

とくに万梨音さんは小さかったから 話ができなかったから。
『祝ってやりたい』とも。

『とにかくみんな 笑って 朗らかに 泣きたいときは泣けばいいけど とにかく笑って』と。今でも見守っている と。



そして後半、“終戦記念日に贈る大切なメッセージ”ということでトークゲスト、倉本聰さん。

国分:「今年の頭、先生とは一緒に番組をやらせてもらいまして、富良野に行って先生の話を聞いたり…本当に勉強になりました。」
倉本:「いえいえ」
国分:「その中で できればオーラの泉になんか出てくれませんか という話をしたところ 「行くわけねぇだろ」と。」(笑)
  だけどさっきのスピリチュアルチェックで出演にあたって、“倉本:「なぜ ここにいるかわからない」”と。

そして美輪さんとは倉本先生の奥様の平木久子さんと『愛の讃歌』の舞台で共演されてたり。

江原さんは最近講演で北海道をまわってて、北海道でお世話になっている主治医の方が倉本先生同じ方 っていうことで、そのまま富良野に行き、舞台も拝見させて頂いたそうで。そして直接話もし、オーラの泉からオファーがあったということとか。

美輪:「偶然がいっぱい重なっちゃって。」
江原:「私はだから 番組スタッフの方に代わって オファーに行ったんじゃないかというふうに思った次第で。」
美輪:「だから あなた(国分氏)が皮切りで、それが続いてきた。」
国分:「いーやー…」
倉本:「あのねぇ、僕の場合 例えば北海道に、富良野っていうところに住んじゃった…。気が付いたら住んでるんですよ。
    えぇだから作品にしても なんか気が付いたらこういうもの書いてる っていうことが多いですね。」

江原さん、まして今回の倉本さんの舞台に感銘を受けたと。

美輪:「どういうお芝居なの?」
江原:「戦死なさった英霊が帰ってこられて 現代のこの国をどう見るか。さまざまにそこにメッセージがありまして。

 歸國―きこく―
深夜の東京駅に、第2次世界大戦の兵士の英霊たちが帰国する。 という。

そこで江原さんは実際に“見て”しまったという。

(舞台の様子)
舞台にはガングロのギャルが登場し、命をかけて守った祖国だというのに、英霊たちは愕然とする。

兵士:「私達は今のような空しい日本を作る為に、あの戦いで死んだつもりはありません!」


倉本:「これ 原作があるんですよ。棟田 博さんて方が昭和30年に書かれた「サイパンから来た列車」っていう原作なんですね。終戦から10年後の…10年目に復興している日本を見て、ほっとするという話なんです。
    で、それは10年目なんですけども、今 僕はその60年経って英霊たちが帰ってきたら 今の日本を見て ほっとするんだろうか。つまり自分たちがそのことで死んで(犠牲になって)、作った日本の平和というのが こういう形のものだったんだろうか っていう。自分たちが描いた、ね。その事を 書きたかったですね。
    非常に怒るんじゃないか、あきれて怒るんじゃないか っていう気持ちが非常に強かったんで。」

国分:「どこが一番、昔と今の日本人変わったと思いますか?」
倉本:「色んなことありますよね。家族関係ももちろんそうだし、国のあり方もそうだけども やっぱり倫理観というかなぁ。
    だから僕は最後に『恥を知れ』っていう言葉を強く言ったんだけど」
美輪:(拍手)
倉本:「やっぱり 日本人が恥を忘れてるっていう、そういうのが一番言いたかったですね。」
美輪:「恥と誇りですね。」
倉本:「えぇ。」

国分:「…驚きますね。この番組で何度でも出てるワードですよね、『恥を知れ』。」
美輪:「まさに仰る通りですよね。私 今 英霊たちの行進見て 戦争中思い出すのね。
    純粋に国の為だけを思っているような 若者ちがいっぱいいて、その人たちが飢え死にですよ。武器もなく戦わされて。 向こうは火炎放射器なのにこっちは竹槍ですよ。…本当に可哀想でね。」

(美輪さんが見た戦争時のある場面)そして出征していく 息子を見送ろうとしていたとき、いざ 汽車が動き始めるという時に 母親が息子の足にしがみつき、「どんなことがあっても死ぬんじゃないよ」と、そこで憲兵が「馬鹿ものーー!!」と言い。母親の襟首を掴んで放り投げ、母親は頭を駅舎の鉄骨の柱にぶつけてしまった。
 血だらけになって……―。

美輪:「それを見ながら出征していったの。…かわいそう……。」

だからいつまでも語り継がれるべきであるし、こういうお芝居こそ 今 必要なんですよ。と美輪。

(再び 舞台、“歸國―きこく―”のシーン)
兵士:「便利とは人間が さぼるということです。できるだけ体力を使わんということです。人々が自ら汗をかくこと 体を使うことを嫌うようになった事に 私は仰天いたしました。今の日本人は豊かと便利を勘違いしています。」


次に『北の国から』の画が出て、中島朋子さんからのコメント。続いて『風のガーデン』の画が出て、中井貴一さんからのコメント。

“名作を生み出す 創作の秘密”
30代の後半に その頃はまだ東京で書いていたという倉本さん。その時、自分の想像を超えた作品が すごいスピードで書けたという。

倉本:「すごい集中しちゃうんですよ。その代わり そのあと吐いたりするし、肩はこるし。
    その頃スピリチュアルな先生に相談したんですよ。したら、「当たり前だ。君は書いてないから」と。「何かに、神様に書かされてるから」
    だけど体がしんどくて、どうしたらいいんですか と聞いたら、「お香を焚きなさい」と。いつもお香を焚きながら書いてるんですよ。」

 また、ある時、「賞を取るよ」と言われ(当時、倉本さんは賞を取ったことがなかったという)、そしたら本当に賞を いきなり8つも賞を取ったと。で、これは霊が取ったのか、俺が取ったのか……と考え、俺だろう と思い。その後4年間 何も書けなかったという。

倉本:「やっぱり不純さが…あれしたんだと思う。」

その時 棟方志功さんのドキュメントを見て、

倉本:「『僕は自分の作品に責任なんて持てない。だって僕が作ってんじゃない 神様が作らしてくれてるんだから』っていう言い方をされたのを聞いて、ハッと思って。
    僕らだけじゃないと思うんだけど、アーティストとかクリエイタ-というのはやっぱりこう、霊とか神様に奏でられる いい楽器であればいいんじゃないかっていう気がするんですね。」
美輪:「すばらしい」
倉本:「何かこう自分…乗りやすい、澄んだ あの、清らかな ね 魂に自分をおいておけば 良い物もってくれる っていう。」

美輪さん、三島さんの“自動書記”にまつわるエピソードを話す。

《VTR》棟方志功の創作風景
ナレーション:『芸術家が作品を生み出す時、“何かが降りてくる”とか“何かが乗り移っている”と感じることがあります。』

棟方:「谷崎潤一郎先生が僕の板画を、森羅万象をえぐるようだと 歌にしてますけども
    私の板画は、どっちかって言えば自分から作るというのではなく 板の中に入っているものものを出してもらう っていう。作るというよりも、生ましてもらう。
    板の持っている生命っていうんですかね。木の持ってる生命と合体して 自分の思いを発揮する。」


(いつのまにか北海道、富良野に住むことになった話で)
美輪:「なぜ 北海道なんですか?」
倉本:「これがよくわからないですね。
    NHKとケンカしたわけですよ。NHKの西口を出た所までは覚えてるんですよ。気がついたら千歳空港にいた。」

国分:「なぜ北海道なんですかねぇ~…」
美輪:「そのだから トラブったのも あの 北海道へやる 原因だったと思うのね。」
倉本:「僕もそういうふうに思います。だから今はNHKに感謝してます。あそこでトラブルがなかったら、あとの自分はなんだったんだろうと あのまま東京にいてやってたらどうなったんだろうと思うと ゾッとしますねぇ。」

江原:「でも先生、その答えは『ニングル』の作品の中で もう答えが出てますね。」
倉本:「そうかもしれませんねぇ」

(画面下に説明)
『ニングル』
  倉本聰 作・演出の舞台。森の妖精『ニングル』が、森林を伐採する人間に警告を発する。

江原:「やっぱり倉本先生を必要としている神様がいて ね。」
国分:「神様が いるんですか」
江原:「また のちほど申し上げますが。」

(富良野自然塾の森を戻す活動…。国分さんから、東京にいる頃から自然への関心があったのか、について)
倉本:「漠然と 文学的に っていうか、趣味的に好きでした よね。ただやっぱり、今 森の中に住んでますけど、全然違って見えますね。」
国分:「全然違う というのは」

倉本:「カナダの原住民に非常に親しい人がいるんですけども、彼らのところで暮らしていると とっても不思議な気持ちになる。」

 (江原氏 笑みを浮かべてうなずく)

倉本:「あの、ほとんど無人島で、太古の森なんですよ。最初の日はね 僕、怖くて眠れなかったんですよ 実は。」
国分:「怖いというのは」
倉本:「なんかね 圧倒されちゃって…で、一緒に行った人がね、カナダのね女性で。すごく霊感の強い人だって言うんで、『ゆうべ眠れたか』って言うから 怖くて眠れなかった ったら『そうだろ 私のテントの周りは、このくらいの(ヒザより少し高いくらい)原住民のコがずーっと歩いてた』っていうんですよ。
    まったく無人島よ。それでそういう意味で霊的に怖かったんですよ。  翌日からねぇ、スーッと憑き物が落ちたようにね、なんか、ものすごく深く眠れるようになった。 たぶんね、一晩テストされた。二晩目に受け入れられたっていう気がするの。」
国分:「これ どうですか?」

江原:「や、もうその通りですね。先生、ものすごいスピリチュアルな方で。(笑)もう出てしまってるんで先に一つ申し上げると、原住民の話…先生でもいらしゃったから」
国分:「過去に?」
江原:「ネィティブアメリカン…」
美輪:「いらした前世が」
江原:「そういう時もあったんです。」

故郷という感じがしたという倉本さん。
江原:「だから あの 色んな頼みを受けるんですよ。」

美輪:「あの、最初の質問の時に、倉本先生がね、怖いものはお化けって仰ったでしょ。それは 畏れですよ。神に対する畏敬の念。だから畏れ知らなくなったのが、野放図で図々しい人間になるんですよ。」

倉本:「僕はね、戦前と戦後の日本人の一番の違いってね。戦前はね、自分に恥じないかとか、それからその、何かに見られていて、神様に見られている。誰でもいいんですけども、良心に見られている。それに恥じないかってことが 行動の基準だった。
    ところが、そういう倫理観みたいなものが、戦後、なくなっちゃったでしょ。その代わりに法律っていうもので規制されるようになった。
    法律の目をくぐればいいっていうんで…だからその自動車のスピードだってその ネズミとりやってるよ って、警報装置みたいのがあって、あれでもってこう法律を逃れるわけでしょ。
    だけど、その良心っていうか、そういう神様の目っていうのは ネズミとり防止器ってないわけですからね。そういうところがね、変わっちゃったな って気がします。」

国分:「単純にどうなんでしょう…そういう言葉が減ってったぶん、子どもたちも どういう意味って聞かなくなったのもありますよね。」

倉本:「だけどもう、親の世代が既に変わっちゃってますから。今 僕、自然塾でこの前、40、50、60代の女性の前で…自然塾でお話ししたの。あの“子どもの為に死ねる人は手を挙げてください”と言った。60~…数人いたんですよ。
    手 挙げたの6人でした。」
美輪:「えーっ!?」
(江原さん、驚いたような表情)
倉本:「びっくりしましたよ。」
美輪:「一割…」

倉本:「子どもの為なら死ねるっていう人があまりにも少なかった…っていう。
    愛の蓄えの量がね、最近 少ないじゃないか つまり栄養が 愛を蓄える方へ行かないで、なんか別の遊びとか、色んな目新しいことにどんどん行っちゃって、その愛を蓄える方に行ってないような気が…僕はしますね。」
美輪:「仰るとおりですよね。」

そして美輪さん、原爆の時の、親が子どもを抱え包みこむように守った ということの話。無償の愛 それを歌やお芝居 本にしてきた。

江原:「あの、自分の命をかけて、子どもを育てて…。命を分けた自分の分身だから命を引き換えに出来るんですよね。
    今、セパレートで 自分の命はまったく横着してて、で、育ってるうから 死ぬ気になれないんではないかと。」

(美輪さん、昔は洗濯一つでも大変だった。けどそれは当たり前だった。)

江原:「便利であることが諸悪の根源であるような…。」
美輪:「便利になると 先生の仰るように怠け者になる。」

倉本:「あの、『豊か』っていう言葉を辞書で引いたんですね。リッチ っていうことが豊かの読みなんだろうか って思って引いたら、
    『リッチ(富裕)にして幸せなこと』って辞書にはちゃんと載っているんですよ。で、幸せは 日本の場合は欠落しちゃって、リッチだけがなんか 優先しちゃってる っていう気がするんですね。
    だから家(うち)ん中に電化製品が増えたり、部屋がこう、バラバラになっちゃったりすると、家族が分かれますよね。

    親父の匂いなんてのは今でも……―。」

というと、江原さんからツッコまれ、
江原:「覚えているだけですか?」

と。
お父さんはずっと倉本さんといて、北海道に導いたのもお父さんという。NHKから北海道まで記憶が無いのも お父さんが原因。

お父さんからのメッセージは
「終わりを考えないでほしい」
ということ。


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前半の“天国からのメッセージ”は、なんだか見てて楽しい雰囲気というか、アットホームな感じで温かい感じがした。

倉本さんの方は、まぁ、普段、美輪さん江原さんがお話しされてることに通じることですね。

ただ、『昔は良かった』などとは言いたくないですし、犯罪件数のコトとか、そんなのは昔の方が多かったし。
ただ、“質”の違いはあるでしょうが。

そして何が幸せか見失ってる部分もあるし。
若い人だけがダメではなくて、ご年配の方にも色々おかしなところは見受けられますし。私自身、色んな年代の方とお話ししてますので、それは実感してますが。
だからって今の若い人が、親世代がちゃんとしてないから、自分たちもちゃんとしなくていいというのは理由にならないでしょうし。

行動が怠惰になって、考えまでも怠惰になるのは、ね。

そして こういうのいつも“『愛の電池』が”ってなりますけど、愛の充電方法ってわからないですよね。

この前コネタマにあった“愛と恋の違い”とか、最近の谷川俊太郎質問箱にあった、親の愛についての話とか絡めながら、考えていくしかないのかな。
次回は9月19日。4年半の名場面SPだそうな。

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