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2009年6月10日 (水)

“『FILE074:私は ここに いる』を見た。”

爆笑問題のニッポンの教養。
2009.06.09.O.A. を見ました。

冒頭、オープニング前に流れたテロップの、
“彼らも、私も、「言葉」を武器に 生きている”
が、なんか印象的でした。
障害学:福島智(ふくしまさとし)先生。

――――――――――――――――――――――――

「こんにちは」と挨拶すると、福島先生からも挨拶が返ってくる。
“指点字通訳”の方 2人がサポートされ、同時通訳(?)してるような。

太田:「自分の声は聞こえてるんですか?」
福島:「聞こえない。昔の記憶で話してるんです。」

《VTRで、》
福島:「バリアフリーを取り巻く、バリアを取り除く。」


始めに 福島先生が授業などで行なっている、盲ろうの疑似体験。アイマスクに耳栓をして、太田氏が田中氏の手を引いて(当人は誰が手を取っているのか知らない)、健常者に“発見”させる という。
その状態で福島先生が太田氏に『どんなきもち?』と尋ねると、太田氏は『ふあん』と答えた。
…そして、アイマスクと耳栓を外す。

太田:「不安だった」
田中:「不安です」

福島:「指点字で 名前を打って頂こうかな」

(太田氏が指点字で名前を打っていく。…『き』…、『む』…、…)
福島:「きむらたくやとは似ても似つかない。」
(笑)


福島:「さっき体験して頂いたからわかると思うんですが、これは地下の牢屋に入ってるような感じ、
誰かが訪ねて来て、短い時間話して じゃーね と言って また どっか行っちゃうイメージで、僕は独りなんだな
周りにコミュニケーションを取ろうとすれば居るのに。 集団の中で自分だけが取り残されている、っていうのがしんどくて。
この宇宙にはいない、この次元にはいない、別のところに行ってしまったような、すごい孤独と絶望を感じたんですよね。」

(触れることでのコミュニケーションだから、何か違うのではないか、『触る』ことに重きがあるのでは、と太田氏)
福島:「彼女は霊媒のような存在で、メディアと似ているんです。加工はされている、フィルターを通している。」
(どうしても触れることに対し、2人の通訳者になんかあるんじゃないかと さらにツッコむ太田氏)
太田:「この人に対して、どういう感情を持っているのか」
福島:「えらい こだわっとんな~!
通訳さんとの関係……信頼関係が無いと。
自分のことを 木村拓哉だというような そんな人間は信頼できない。」
(笑)

太田:「先生はどう思うかは知らないけど、普通の人と会話するよりも、より親密な会話をしているような気分になる。」
福島:「太田さん、なんか、人との触れ合いに飢えてるでしょ」(笑)
太田:「そうくると思ったけど」(笑)

田中:「確かにさっきの その 目隠しして 耳栓して ってやったときに どなたか分からないですけど 手を こう 引いてくれた。
ものすごい安心感あるし、信頼が発生するし 好きになっちゃうんじゃないか みたいなことにも思っちゃうんだけども
先生 何十年も こう生活続けてたら、一つの こう おれらが電話で話すような、同じようになっちゃってるんじゃないのかな。」
福島:「その側面はあります。
だけど 接触ってことに、表現されている、総統的なものなんです。
その背景には私の孤独があって、見えない聞こえないっていう、宇宙の中に放り出されているような感覚。…それが故に、人の存在、他者の存在を本当に渇望する。あこがれる、っていう。」


《VTR》
福島:「医療とか福祉とか教育という問題からいったん離れて、障害という現象をとおして 何を考えるか そもそも障害って何なのか。そういったことを考えること自体、すごく重要で、今まで 見過ごされてきたんではないか。」


福島:「障害とか 障害者ってどんなイメージですか?障害者って どんな人に思いますか、例えば?」
田中:「だから その ま 目が見えないとか、耳が聞こえないとか。
そういった意味では俺も障害者だけどね。玉一個なくても それは障害者って言われないわけじゃない。障害者手帳みたいなことになると 普通の この一般の…」
福島:「おぉ!障害者手帳なんて 鋭い発言出てきましたね!
玉一個障害っていうのはないですね。」
太田:「玉一個障害…」(笑)
福島:「背が高いとか低いとか、そういうのは障害者って言いますか?」
田中:「言わないですね」
福島:「なんで言わないんですかね」
田中:「うーん…」
太田:「どこで線引きしてんのかねぇ」

福島:「私が専攻してるのは、障害学っていうんですが、誰が決めて どこで決めているのか」
太田:「スティーヴィーワンダーや、ホーキング博士の話にしてみたら、たとえば 言葉があるのと無いのと どっちが感動するんだろう。とかね。
そんなことばっかり考えてるんですよ。そういう表現にも届いてみたい、っていうね。」
福島:「それは選択できるから言えるんですね わりと気楽に。
だから言葉を使おうと思っても使えないにしろ 選択の余地がないわけですよね。そこで やっぱり あの 公平ではないというか。同じ条件に置かれてないんですよね。
すごく あの 障害者を同じ人間だから 平等に扱おう って言いますし、みんな あの メディアであるとか 表面的はキレイなこと言ってるけど、
たとえば私、盲ろう者として 日本で初めて大学に入ったんですけど。そのとき新聞などは 日本のヘレンケラーだとか盛り上がってるわけですけども、
その一方で 下宿探しが大変で 断られちゃうわけね これが現実…。」
太田:「先生はその状況に対して、怒りを思ってるってこと、今?」
福島:「それは怒りを持ちますし、障害っていうのはそういう取り扱いをされることが障害なんです。
だからその つまり障害ってのは 大昔から決まってるんじゃなくて、その時代の その社会が決めているんですね。
さっき障害者手帳っておっしゃったけども、これも 日本なら日本という法律で これこれの人は障害何級でー…決めちゃうっていうルールで、非常に社会的なもの。」

太田:「じゃあ どうすればいい」
福島:「それを考えていく、ってことですよね。
どうすればいいのか、まず何が障害かどうか っていうことがはっきりしない、っていうのが第一点。
第二点として、仮に これから これが障害だ と決めたとしても、その人に対して社会がどうやって対応するのか、2つのフィールドに対して 色々考える必要が出てきて、天才的な人、芸術家や科学者がいるから どっちがプラスかマイナスかわかりませんよね っていう、そんな甘いもんじゃない。」

《VTR》
福島:「その規格からはみ出す人。一定の身体的な条件に満たない人を 障害というふうに位置づけてきた。障害者は社会が能力によって人を振り分けている仕組みが、すごく凝縮した形で現われている。そういう集団だといえます。」
“能力と存在”


福島:「色んな障害が重なっていて、ほとんど仕事ができないよいな人たちって、いくら訓練を受けたり教育を受けても 社会が求めてる仕事ができない。
重いハンデを持った人たちが実際のところいますけれども、
そういった人たちって、生きる意味はないのか、生きる価値はあるのか、って聞かれたら、太田さんはどう思いますか?」

太田:「うーん…生きる意味って…ピンと来ないんだよね。」
福島:「ピンと来ない?」
太田:「つまり おれが生きてる意味って何って言われると、別に無いんじゃないかって気もするし」
福島:「だけど 生きているよね太田さん? 何で生きてるの?」
太田:「「何で生きてるの?」…それを言われるとホントわかんなくなっちゃう。
ただ、だからおれはなんで生きてる っていったら…、おそらく、なんだろう、楽しい瞬間があるからだよね。」

福島:「それこそ重い障害があって、たとえば頭がすごくうまく動かないとか、体もあまり動かないとか。生産能力が無いっていう状況で、
経済的な価値とか、税金払っているのかとか、社会の穀潰しだみたいな感じに、本音で思っている人はたくさんいるのかもしれない。
じゃあ何のために私たちは生きているのか、この宇宙の中で、この太陽系の中で地球にいるって、そんなに大したことなのか って思うわけですよね。そんなに意味があるのか。何のために我々は生きているのか。」

太田:「ようは 幸福だって思える瞬間がどんだけあるかってことだと思うのね。生きていて。そうすると障害者だけに限らず、たとえば、アフリカのどっかの国で、子どもが飢え死にする国とか…(食料を手にすることでの至福を日本と比べて)
どっちが幸せなんだか、わかんないなって思っちゃう。」

福島:「どっちが幸福か不幸かという話…おそらく別のレベルの話も同時にすべきなんだろうけど、もし意味が無いなんて言っちゃえば、おそらく地球上の人間 全員 意味 、無いんです。たかだか何億円か収入があったとしても それだけのことですよね。

それが一体何なのか。何十年か生きて、宇宙の原子に帰っていくだくのこと。
だけど、そこにもし意味があるのだというふうに考えれば、その瞬間…すごく豊かに暮らせると思うけど…アフリカで貧しく暮らしてる人も あるいは障害のある人も無い人も、とりあえず、
みんな生きている意味があるよね っていう話に第一段階ではなるだろうと思う…、
んだけど、その上で 現実的に何か取り組みをするかということは別と考えないといけない。
でも、そういった社会的な取り組みとは別に、個別に個人レベルで、なにが幸福か不幸かっていうふうに感じるのはまだ3つめのフィールドとして考える必要があるんだろうな…とは。」

福島:「私は、何が幸福か不幸かっていうのは、もちろん人によっていろいろあるだろうけれども、すごいしんどい経験をした時にね、つらさ、苦悩というのも何か意味があるんじゃないかなと思うことにしようと。実は同じようなことを言っている人はたくさんいることが分かって。ナチスドイツの収容所に入れられた経験のある人で、ヴィクトール・フランクルという人がいるんですが。彼の本を読んでいて、すごい公式に出会ったんです。
その公式は、絶望=苦悩−意味って言うんですね。
左辺に絶望があって、絶望=苦悩−意味。これは何を意味するかというと、“−意味”を移行したら、絶望+意味=苦悩ということです。意味がない苦悩が絶望である。
で、苦悩と絶望は違うんだっていうことを、彼はアウシュビッツの経験から言っていて、私は同じことを18歳の時に考えて、全然違う時代と状況で似たようなことを考えている人がいるっていうことに出会って、すごく感動しましたし。何が幸福か不幸かっていうのを考える、そのさっきの三つのフィールドの議論の中で、すごく重要な意味を持つのかなと。苦悩があるから、しんどいから不幸だって簡単に考えるのではなくて、意味をそこに見いださせれば、それは絶望ではない。新しい豊かな人生が見つかるかも分からないっていうふうに思っています。だけどそのことと、具体的にどんな取り組みをするか、社会としてどんな取り組みをするかっていう話と、分けながら議論をして、その関係を考えていくっていうことが大事かなと。」

福島:「でも、しんどいから面白いんじゃないですかね。ずっと舞い上がってるような、トランス状態で、夢うつつで終わるような人生だったらつまらない。」

――――――――――――――――――――――――

メモが長くなってしまいました。

障害があろうが無かろうが、生きる意味とは何かと、その壁にぶつかる、全ての人に届く回だったのではないでしょうか。

メモが長く、感想が短くなってしまいました…。

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