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2009年3月12日 (木)

“『FILE065:学校は何も教えてくれない?』 を見た。”

爆笑問題のニッポンの教養・FILE065:学校は何も教えてくれない?(2009.03.10.O.A.)

録画していたものをやっと見ました。
教育社会学・広田照幸先生。

過去の学校、教育の実態とかを、昔(明治・大正)の浪人生の日記や、新聞記事から考えたりする、というのは面白いですね。

『今と比べて、学校というのが個人にとって可能性が開ける場所』と捉えられてたと。
これは小・中学校からそういう風に捉えられてたんでしょうかね。

で、本題に。

広田:教育はね、万能じゃないんですよ。教育学者がちゃんと言わないといけないと思うのは、教育は必ずしも出来ないことがいっぱいある。

広田:例えばあのすべての子どもに何やらを考えさせようとかね。それは無理ですよ。だから道徳教育の議論が間違えているのはそこでね。すべての子どもにこれを教えたら犯罪・非行がなくなるってね、それは無理なんだからね。

あと、画面に、
『学校で学んだことを
すべて忘れてしまった時
なお残るもの―――それが教育だ。』
とアインシュタインの言葉が紹介されたり。

安倍元総理の時の教育再編についてチラッと出てて。『徳育』と。
『徳』を積むコトは大切なのでしょうけど、それを“育む”コトは…それを規則可するのはどうなんでしょうかね。

授業自体に関して、
太田:全部の科目を分けるんじゃなくて、全部一つの授業として……
と、一つの話題から疑問を抱き、異なる学科に繋がっていく、また時代を遡って考えたり~とするやり方を太田氏は提案する。
これは以前、慶応大学SPでも太田さんは言ってたと思う。
けど広田先生から『系統的でない』から難しい。『易しいものから学んだほうが良い』など実際に教育現場に盛り込むには厳しいと。

でHPの対談感想では、
太田:「系統立てる」ことに意義があるっていうことの本質は何なのかなって思いました。おれはどっちかというと、そうやって系統立てたり、ジャンル分けしたりすることがすごく嫌な方なので。それはどういうことなのかなっていうのはね、思いましたけどね。 どうなのかな?入り口は最初から学ばないと、積み重ねじゃないと、っていうことは、まあその通りなんだろうけど。

とか。

ラストには“教育”ということ自体に関して、
広田:大人にするための教育をやってない。高校までみんな子ども扱いですよ。

ほぼ日の『就職論』“はたらきたい。”でも、高校とかまで勉強ばかりなのが、そのあと急に働く側に“社会人”とされるコトへの疑問もあったような~…。

“教育社会学”、勉強するコトと、社会に出て働くコト。
社会に出ていくための教育をすることは、番組中にあった言葉のように、『知的な発展を通して、人格形成をしていく』ことしか出来なくて、勉強以外の『周りのこと』を自分で学んでいくコトが、社会に出ていって役に立つ…ってことでしょうかねぇ。

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