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2009年2月18日 (水)

“『FILE062「芸術は“カラダ”だ」』を見た。”

2009.02.17.O.A.
爆笑問題のニッポンの教養。FILE062「芸術は“カラダ”だ」を見た。

表現が、創造物が、どのような根底を経てどう伝わるか。
というコトに関しては、以前も東京芸大で学長と太田氏が討論したような。それと似た感じになってましたね。

太田氏は学長の時から、今回の布施先生を相手としている時と一貫して、
『伝えたいことが意図通りに伝わらないとイヤだ』とか、
『今、伝わらなきゃ』
とか。
そういう意思が感じられる。

けど布施先生は、
『必ずしも今伝わらなくても良い』
『100年200年後の人が気付いてくれれば良い』
…そこに賭けるのが芸術…――アートだ、と。

モナリザの絵を見ていた時に、
太田氏:「大したことない。感動しない」
と言ってたけど、そのモナリザの顔が色んな角度の顔を切り取って、一つの顔にした。『どこから見ても視線を感じる絵に見える』という説明を受けてからは、
太田氏:「面白いですよ」
と。

そこで布施先生が、
『“エンターテイメントと芸術は違う。”エンターテイメントは、すぐに楽しい、心地よい。けど その時だけ。―――芸術はすぐに感動しないけど、永遠の価値を持っている。』

結局このあたりの議論が布施先生と太田氏の意見が平行線。

個人的には、見ている側として共存していれば良いと思う。テレビによる即時性なエンターテイメントも。
芸術という、永遠にその価値を問い、考え 興味を持たれ続けていくもの、という。

ただ、絵画や彫刻ばかりが芸術というと狭いというかー…。
HPの対談後感想で爆笑問題 田中氏が、『ビートルズやサザンはどうなんだろう』という感想がありましたが、それは受け手が感想なり考えなりを巡らせる、余白を意図的に作っているからではないかな、と思います。

それが、布施先生がラストに言われた、
「作品をとおして、人間の中にある何かを解凍する」
に繋がるのではないでしょうか。

ところで外から中の研究室に移動する中で宮田学長が前回出演時同様、自転車に乗って登場。

布施先生:「(爆笑問題に対し)どう接したらいいか…」
宮田学長:「バンバン行きゃあいいんだよ」

学長…相変わらずですね…。(笑)

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